3月10日 8日目 検査もなく提出する書類ができ上がったから外泊した。そしたら友達が面会に来ちゃった。ごめんね~パンダ

 難病疾患の認定の手続きのための書類を提出するのに源泉徴収表が必要だったから久しぶりに病院に行った。何だか懐かしかった。

 そのあと申請に行ったら、保健師と話をしなければいけなかった。保健師に『大変だけど頑張ってね』と言われた。自分自身が何が大変なのか正直わからない。確かに最初病名を言われた時はショックで泣いた。なぜ急に自分が難病になったのかさっぱりわからなかった。でも、コントロールさえしっかりしていれば問題ないと思った。この事から、私は周囲の同情心などは本人の不安をあおると思った。今まで私も生活改善などをしなければならない患者に『大変だけど頑張ろうね』というような事をいってきた。でもそのような事は自分が一番よくわかっているし、そんな同情はいらないと思わせてしまうと思った。同情の言葉をかけてもらうより、困った事、わからない事があったらいつでも聞いてねという態度で接してもらうほうがありがたいと思った。私もそんな風にできる看護師になっていけたらと思う。


 3月11日 9日目 耳鼻科で口唇を3箇所切って縫った。麻酔をする時の注射が一番痛かったガーンでも麻酔が効く人で良かった。お酒が強いとなかなか麻酔がききずらいからなー。効かなかったらと思うとぞっっとする。これは唾液腺をとって唾液の分泌を診る検査でシェーグレン症候群の診断をするためのものだそうだ。やってる途中もたくさん唾液はでてきた。それを見て医者も問題無いんじゃないって言ってた。だからもんだいないってば~。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。でも、これを否定しないと多発性硬化症と診断できないらしい。

 昨日のカンファでパルス療法をしていく事に決まったらしい。そして今日からスタートした。点滴は普通できてじゃないほうにするから左手にしてもらったけど血管がなくてかなり痛かった。病気としてはやっぱり多発性硬化症が有効という事だ。病気が病気だから両親にも説明しなければということになった。でも、母はかなりパニックになってしまっていて説明後のフォローを考えるとあまり気が進まなかった。しかも私以上に話がわかるわけでないし。あまり母を不安にさせたくないよーむっ

お久しぶりです。コメントがないから誰も読んでくれていないかと思ってなかなか更新できませんでしたしょぼんごめんなさい。せっかく読んでくれてる人がいるみたいだから頑張って続きを書きたいと思います。あ、ちなみに私の視力は両目ともに0.01ぐらいです。レーシックも考えたけど1週間もコンタクトをつけられない生活は考えられないから今は諦め中です。病気の時はもっと悪くなっちゃって矯正しても0.7までしかでなくてかなり不安でした。ではでは、続きにいきますね。

  

 3月7日 5日目 今日はちょっといい。鎖骨の痛みとか顔の痙攣とかが薄らいだ。もちろん曲がったままだけど。まさか固まってしまったのではと不安になるけど、このまま良くなってもとに戻ればいいのになー。まだ確定診断もつかないし治療も始まらない。はー、嫌になる。先生頼みますよ。今日の検査は顔の表面筋の動きを見る検査。顔に電気を流すからちょっと痛かった。最初はビクビクして上手くできなっかたけど徐々になれてきてちゃんとできた。これしかやる事がなかったから病院内を散歩した。医療の参考書を扱っている本屋が3箇所ぐらいあった。でも、買う気にはなれなかった。なんか仕事に戻れるか不安。がむしゃらに人を救うことの意味は何なのか、救われた人でも元気になる人もいるが、高齢で寝たきりになり、なにもわからずに生きていく人。その人を見るのに疲れ果てていく家族。後遺症に苦しみながら生きていく人。自分のしている事に意味があるのかわからなくなる。でも、やっぱり死にそうだった人が歩いて元気に帰っていく人をみるのはとても嬉い。人はもっと自分が死ぬ時の事を考えていくべきだと思う。そして、意思表示をすべきである。でないと、苦しんで最後を生きる事になると思うから。


 3月8日 6日目 少しずつ顔が戻ってきた感じがする。今日は何もなっかたからおばさんの家に泊まりに行った。おばは入院中だから彼氏も呼んでラブラブしようと思ったら、手を踏んで怒らせてしっまた。


 3月9日 7日目 ついに1週間がたってしまった。誰もお見舞いにこない。寂しいナリ~。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。



3月4日 2日目 暇だ。眼科受診。もともとすごく近視だったけど、一応矯正すれば両目とも1,0以上は出ていたのに、左目が0,7までしか出ないという。病気の影響の可能性が高いという。視野検査もした。すごく集中しなくちゃいけなくてかなり疲れた。毎日の食事は2000Kcal弱。動かずにこんな食べたら太っちゃうよ~と思ってご飯を少しのこす。無駄な抵抗ぶーぶー病棟長という人が来た。大学病院はすごいなぁ。教授、助教授、主治医、そして病棟長。何人もの医師で一人の患者を治そうとしているのだから。でも、何人もの先生が同じような診察をしていくのは少し嫌になった。足の裏を針金でやられるの、結構痛いんだよねー。でも、やっぱりMRIと症状が合わないらし。そんな事言われてもこまるよなぁ。私だって好きでこんな顔になったわけじゃないんだしさ。

 

3月5日 3日目 右鎖骨の皮膚がなんとなく痛い。局所麻酔をかけたような感じ。でも、今日は外泊に出れるし彼氏の腕の中で寝れるし安心だドキドキ


3月6日 4日目 右鎖骨周囲の痛み変わらず。何だろう。そういえば昔同じような感じで即腹部がなった事がある。そのときはヘルペス疑いだったけど。それかなぁ。肩の辺りまで痛いし。ヘルペスかなぁ。でも、こんなに休んでるのに変なの。先生が針で診察した。とても痛かった。骨髄穿刺という検査をした。体を丸めて背中に局所麻酔を打たれて太い針を刺して髄腋をとる検査だ。麻酔の注射と太い針を刺した時が少し痛かっただけで、あとは副作用もなかった。その後の検査は車椅子で移動した。なんか酸っぱい物を舐めて唾液の分泌を見る検査をした。なんか車椅子に乗っただけで病人になた気分だった。その後は耳鼻科にかかった。聴力は問題ないって。て、2週間前に検査したばっかだよー。シェーグレン症候群を調べるのに唾液腺を取らなくてはいけないらしい。下唇を1cm程切るらしい。土曜にすることになったショック!


2月27日 脳波の検査。大脳には異常なし。寝れたんだけど、ほほが痙攣してるから筋電図になってしまうらしい。


2月28日 おばさんの家に泊まった。隅田川のそばの9階。夜景がきれいだった。

 

3月1日  おばさんの手術。手術直前の説明で今まで癌だと言ってなかったのにいきなり、「限りなく癌に近い」なんて言うんだよ~。もうビックリだよ。おばさんわ頭のなか真っ白だし、血圧は上がるし、大変だよ。手術終わってから言っても遅くないのに、何で今言うかなぁ。バカ医者め。ま、とりあえず手術はうまくいったからよしとしましょう。


3月2日  慈恵から電話がかかってきた。大部屋は空いていないが大部屋料金で4人部屋に入ってくれという事だった。採血結果がよくなかったのかなぁ。なんだか不安になってきた。早く入院したいよ~。

 

3月3日  とうとう入院でも採血結果もいじょうなくまだわからないらしい。これから確定診断のためにいっぱい検査をしていくらしい。疑わしいのは多発性硬化症、シェーグレン症候群、サルコイドーシス。そして今後難病の手続きもとっていこうということになった。病院はすごく大きくて迷子になりそうだった。床は絨毯だし、うちの病院とは大違い。アナムネも自分ですべて記入になってて、入院した日に看護師がしたのはバイタル測定と病棟案内だけだった。なんだか楽そうって思った、アナムネを自分で書いてもらうのはいい考えだと思った。そしてラウンジの目の前は東京タワー、レインボウブリッジまで見えて、病気じゃなかったらホテル住まいなののいなぁ。入院まで、色々な事を考えた。なんで突然こんな事になてしっまたのか、ついこの前まで当たり前に生活していたのになんで入院なんだって。突然なるのが病気だけどやっぱり、なんで私?私って何?何で?って一杯頭をよぎる。そして何だか寂しくなる。彼氏にも迷惑かけちゃうし、別れた方がいいのかなとかも考える。でも大好きだしそんなの無理だよ~あせる

2月24日 慈恵受診。診察するが、多発性硬化症にしては症状が異なる、と。脳の病変も気になるし脳外で一度診て貰おうということに。脳外のDRはおもしろくて親しみやすかった。うちのDRの後輩だそうだ。今日飲むんだそうだ。ていうか、うちの病院でみてもらえばよかったのでは?て、まっいいかー。脳外的には手術適応の病気ではないらしい。サプリメントとかでもなることがあるらしいが、一応デパートとかでも売ってるやつだし、飲み終わって、1週間以上もたつし、違うとおもうんだけどな。採血して、結果出るのに1週間ぐらいかかるし、入院してもやることないからとりあえず、大部屋の空きまちとなりました。

 

2月25 お母さんに病気のことを伝えるために実家に帰った。とりあえず仕事はお休み。やることなし。顔の症状以外は少し疲れやすいぐらいかな。お母さんはすごく心配。同じ話や質問を何度もする。もう、うるさーい!って感じ。そんなに考えたって、先生だってわかっらないのにわかりっこないじゃん。私だって不安なのに「そんんなに聞かれたらイライラするよ。」って怒ってしまった。彼氏にその事話したら怒られたしょぼん「お母さんは自分のこと以上に心配なんだよ、変わってあげたいって思ってるんだよ。」って。そうだよねー。でも、今の私はそんなことも考えられんかった。だめだなぁ。ちょっと彼氏を惚れ直しおちゃった恋の矢

   

2月26日 弟が帰ってきた。ビックリした。母が電話したらしい。心配で帰ってきたらしい。「なんだったら帰ってこれるから心配するな」と。何だかんだ言っても長男だなぁ。しっかり考えるようになってきた。私のせいで皆に心配かけちゃっているなぁ。仕事にも迷惑かけちゃってるし、彼氏が予約してくれたグアム旅行もキャンセルしないと・・・。はあ。。。何だかよく眠る。眠剤を飲まずに寝れるようになった。っ痙攣も感じなくなった。気持ちの整理が少しずつついてきたせいなのか。人間ておもしろい。少しずつ勝手に適応していく。だから眠れるようになったのかな。



2月22日 脳のMRIをとって夜勤。何とも無いといいな。


2月23日 脳のMRIで変に白い部分がある。脳室のあたりが左右非対称。顔面神経の部分もなんか白く光ってる。と。そして先生がボソッと、「多発性硬化症かな」と。何、何、なに~!!!その病気って、何か、やばそうじゃない。私、脳関係の勤務したことないからよくわからないけどやばいんじゃない。とりあえず造影MRIしようかということに。予約とって図書館でネット検索。て、ちょっと、やばっ!なんと、難病ではないですか。国から補助金が貰えちゃいますよ。何でまたこんな病気の疑いが出るのやら。1週間前にスノボーで頭打ちまくったからかな。首をこきこきならしてるからかな。なぜ~!?わけがわからん。とりあえず帰ろうとしたら今度は医院長のお出ましだ。なんだか、あれよあれよという間に診察されて、ウ~ん、今日中にMRIしたほうがいいということになった。そして、二人で(脳外DRと医院長)意味のわからない言葉を話してる。これは患者を不安にするなぁ。「何、何、私ってそんなに悪いの?何よ?」て感じ。そしてMRI施行うちでは見れないからって、慈恵紹介され、明日受診。こんなんじゃ眠れないよと今日も眠剤を飲む。痙攣が始まってから眠剤を飲まないと眠れない。いきなりこんな難病を告げられたら、不安にもなるし寝れなくて当然だよな。はぁ。。。重病じゃなければいいんだけど。


2月17日 左目が痙攣する。疲労かな。


2月18日 何とも無い。やっぱりつかれてたのかな。


2月19日 左目周囲と口の周囲、特に左側がピクピクする。何だろう?ストレスかな。疲れかな。


2月20日 ピクピクが治らない。早めに診て貰おう。とりあえず何科かわからないから、信頼している循環器             の女医さんに診て貰おう。図書館で時間つぶし。おっT先生。症状説明したら脳外ということで、ミスターというあだ名の先生にみてもらう。22日にMRIの予約が入った。何も無くてただのストレスだといいな。


2月21日 まだひくつきがとれない。なんだか日増しにひどくなっている感じ。左側に顔が突っ張る。変な顔になってきた。周囲は言われないとわからないというが・・・。だいぶ違う感じがするんだけどな。耳鼻科にかかったらと皆に言われかかったけど耳鼻科ではないといわれてしまった。