気づけば、明日から4月なのですね。

うちの会社は6月末決算なので、大きな異動もなく、年度末という感じもなく・・・


後輩達は明日から社会人になったり、友達にも新しい職場に就職したり、

そして私も3年目です。


社会人3年目って、もう少し仕事ができると思ってたし、

もう少し、将来への展望がはっきりと見えている予定だった。


それが、実際は、まだまだ新人ちゃんの仕事ぶりに加え、

ますます将来が不安・・・。


正確には不安ではないんだけど、「よくわからない」が正解。



自分が今の仕事をやり続けるイメージができないし、

だからといって今すぐ捨てる覚悟もない。


結構、こういう人多いと思う。



「活発性」すぐに行動を起こさないと気が済まない私が留まるんだから、

自分では気づかない、相当な理由がきっとあるんだろうな。






3月の連休は有給つけて、小倉と実家で過ごしました。

地震という思いもよらなかった出来事の直後で、

本当に本当に幸せでした。


その後には、親しくしていたおばさんの死もあったけど、

人との繋がりの中にいる自分を確認できた1週間だった。


愛子、ひろ、まつかな、海、ゆき、


みんなのような友達と、また小倉で会えてよかった。

大学の時以上に友達が大事だなって実感してる自分がいます。


これから、イベントごとが多くなる年頃・・・

悩みも多くなるけど、そんな変化をみんなと共有できるのを

楽しみにしてるよ♪



雄一郎、


お正月ぶりに会ったねー。

いつもの事ながら、2年しか付き合ってないとは思えない居心地のよさに、

しっかり癒されました。


わがまま聞いてもらって、

彼女になってからもお姫様扱いしてくれる貴方は、

自慢の彼氏です。


人になんて言われたって、

うちらは、最高の自意識過剰バカップルだと思います。

それでいいもん。

それでよか!!!!!!



チマ子さん、


いつまでたってもお母さんです。

だって、甘えたい、

癒される、

おもしろい。


それ以上、言うことなか!!!!


緑のバナナの房をかぶってしまう貴方、


大好きです。





そんな、大好きな人たちに囲まれてるから、


ちょっと辛い日も「頑張ろう」って思える。



それは、ちょっともたれさせてくれる肩があるから。



ありがとう、私の大好きな人たち。



You are certainly one of my best friemds.








親戚で身寄りのなかったおばさんがなくなって、急遽佐賀に帰ってます。

夕方まで友人の結婚式とかで福岡にいて、関東に戻った火曜日。水曜日の朝起きてもらった突然の連絡。

帰省の準備をしてから仕事に行って、夜の便で佐賀に飛びました。いわゆるトンボ帰りの帰省。

人に預けられて幼少期を過ごし、旦那さんも娘さん2人にも先立たれたおばさんだったから、ずっと一人。

縁あって、本当のおばさんのように親しくしてた人だから、なんか電報だけじゃ後悔しそうで。。

帰ってきてよかった。


たくさんお世話になったのに、おばさん孝行もできずだったけど、ちゃんとさよならできた。

おばさんの死を通して、

いや、実を言うと、地震からかな?


生きることや幸せについて考えた。


果たして、人の一生とは何か。

幸せとは何か。



時代や世代とともに変わる幸せに翻弄されて、


自由に無限の可能性と魅力を感じてた学生の頃。


けれど、それも、

地震とかの災害、

人の死、

自然の摂理や力には抵抗できないんだね。




今は、いつどんな時も色褪せない幸せに価値を感じる。


家族とか人との繋がりとか。


亡くなる人もあれば、

生まれてくる命も。


そういう当たり前の生物の営みは、

当たり前すぎて、


今まで見えてなかったんだな。


本当は、そういうのってすごく素敵なことで、

奇跡のような出会いや偶然の中にいる自分がいるのに、

その有難さがわからなかった。


そういうの、もっと大事にしたい。






今日は妹の誕生日でした。

近くのケーキ屋さんにて。
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造りが可愛らしいの。

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イートインは、小さな小屋みたいな。

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パン屋さんやコーヒーショップも。

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はっぴーばーすでーラブラブ


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iPhoneからの投稿

本当に初めて。


そして、最後であって欲しい・・・・



ご存知の通り、昨日午後3時前に関東・東北を襲った大地震。



関東に来てから地震が多いとは思ってた。


震度2くらいの地震はしょっちゅうで、今回も「またか」くらい。


当時、私は会社の2階にある自分の席にいて、「お?揺れてる」って思ったの。



そしたら、時間を追うごとにだんだん激しくなって、すごい横揺れで会社がミシミシ、キコキコと音を立てる。


ブラインドがガシャガシャと窓に当たり、耐震のために固定してあるキャビネットの中のものが動く音。


恐ろしくなってとっさにデスクの下に入り込んで、ひたすらおさまることを願うんだけど、


揺れはいっこうに激しくなるばかり。



本当に怖くて、体がガクガク震えて、涙が出たくらい。


「やだ!やだ!」と叫んだり悲鳴を上げたり、自分がこんなに混乱するもんなんだと、


今振り返るとそう思う。



すぐに社内アナウンスで外に避難し、駐車場で点呼をとる。



その間も小さな余震が続くため、そのまま家に帰っていいという会社の指示。


けど、その時点で都内や関東圏の電車はすべて止まってた。



どうしようかと思いつつも社内へ戻ろうと、1階の廊下を進む。


壁には亀裂が入り、物があちこちに落ちている。



階段を上る途中、縦と横にヒビが入っている壁があり、社員みんなですごいねと話していた。



と、そのとき、二度目の大きなゆれ。



階段がふわふわと上下にゆれ、隣の壁が上下左右反対方向に横揺れしているのが目に見えた。



怖くなって、再び外に駆け出す。



もうその時点で、会社にも怖くていたくなくなっていた。



荷物をとりに戻ろうにも余震が怖くて中に入れず、外に15分いたかな。



意を決して荷物を取りにオフィスへ。


その間も、余震は数分おきに。



電車が止まっているため、誰か同じ方向の人がいないは必死に探し、


近くに住む先輩夫婦を思い出し、先輩のもとへ。



たまたま旦那さんが車だったので、乗せてもらえた。


けど、他のみんなは徒歩で帰宅してた。



隣の部長は新横浜から大和の会社まで深夜に戻ってきたらしいし、


その他大勢の営業も出張や訪問先、移動中に立ち往生。




私は家の様子を確認して、ひとまず先輩のおうちへ。



家は壊れていたものはないものの、家具や家電の位置が変わっており、



戸棚は開いており、グラスが落ちる直前。



余震が続く中、一人で家にいるのは怖すぎて、



そんな私を泊めてくれた先輩夫婦に本当に感謝。




その日は、一人よりも安心して過ごすことができたものの、



夜の21時以降も相次ぐ余震。



さらには就寝した後、4時ごろかな・・・



大きな余震で目が覚め、その後、結構な余震が1時間近く続いた。



後で知ったけど、新潟と長野でも震度6を超える大きな地震があったんだね。





私は、まだまだ大丈夫。


昨日は混乱してたし、夕方まで地震の恐怖で緊張したまま、ずっと吐き気がしてた。



けど、時間が経つにつれてわかってきた東北の被害のひどさ・・・・


東北に多い協力会社も、壊滅的だとか。




映像で見ても恐ろしいし、津波、余震、寒さ、空腹、喉の乾き・・・・



本当に人間が耐えれるかわからないような極限の環境で頑張ってる被災地の人を見たら、


怖いよりもできることをしてあげたいって思うようになりました。



直接的に支援はできないけど、


少しでも力になれる事を。



節電して、現地の医療機関や創作のために必要な電力を確保してあげたい。


ここも寒い春先とはいえ、現地は氷点下の中、暖房無しで身を寄せ合ってる。


水さえ十分に確保できないし、「安全」も確保されてない。




自分がいかに幸せであるかに感謝して、


どんな小さなことでもいいからできることをしよう。



誰か、これを見ている商業施設の方、今日、明日、なるべく節電のための協力をしてあげてください。


よろしくお願いします。