本当に初めて。
そして、最後であって欲しい・・・・
ご存知の通り、昨日午後3時前に関東・東北を襲った大地震。
関東に来てから地震が多いとは思ってた。
震度2くらいの地震はしょっちゅうで、今回も「またか」くらい。
当時、私は会社の2階にある自分の席にいて、「お?揺れてる」って思ったの。
そしたら、時間を追うごとにだんだん激しくなって、すごい横揺れで会社がミシミシ、キコキコと音を立てる。
ブラインドがガシャガシャと窓に当たり、耐震のために固定してあるキャビネットの中のものが動く音。
恐ろしくなってとっさにデスクの下に入り込んで、ひたすらおさまることを願うんだけど、
揺れはいっこうに激しくなるばかり。
本当に怖くて、体がガクガク震えて、涙が出たくらい。
「やだ!やだ!」と叫んだり悲鳴を上げたり、自分がこんなに混乱するもんなんだと、
今振り返るとそう思う。
すぐに社内アナウンスで外に避難し、駐車場で点呼をとる。
その間も小さな余震が続くため、そのまま家に帰っていいという会社の指示。
けど、その時点で都内や関東圏の電車はすべて止まってた。
どうしようかと思いつつも社内へ戻ろうと、1階の廊下を進む。
壁には亀裂が入り、物があちこちに落ちている。
階段を上る途中、縦と横にヒビが入っている壁があり、社員みんなですごいねと話していた。
と、そのとき、二度目の大きなゆれ。
階段がふわふわと上下にゆれ、隣の壁が上下左右反対方向に横揺れしているのが目に見えた。
怖くなって、再び外に駆け出す。
もうその時点で、会社にも怖くていたくなくなっていた。
荷物をとりに戻ろうにも余震が怖くて中に入れず、外に15分いたかな。
意を決して荷物を取りにオフィスへ。
その間も、余震は数分おきに。
電車が止まっているため、誰か同じ方向の人がいないは必死に探し、
近くに住む先輩夫婦を思い出し、先輩のもとへ。
たまたま旦那さんが車だったので、乗せてもらえた。
けど、他のみんなは徒歩で帰宅してた。
隣の部長は新横浜から大和の会社まで深夜に戻ってきたらしいし、
その他大勢の営業も出張や訪問先、移動中に立ち往生。
私は家の様子を確認して、ひとまず先輩のおうちへ。
家は壊れていたものはないものの、家具や家電の位置が変わっており、
戸棚は開いており、グラスが落ちる直前。
余震が続く中、一人で家にいるのは怖すぎて、
そんな私を泊めてくれた先輩夫婦に本当に感謝。
その日は、一人よりも安心して過ごすことができたものの、
夜の21時以降も相次ぐ余震。
さらには就寝した後、4時ごろかな・・・
大きな余震で目が覚め、その後、結構な余震が1時間近く続いた。
後で知ったけど、新潟と長野でも震度6を超える大きな地震があったんだね。
私は、まだまだ大丈夫。
昨日は混乱してたし、夕方まで地震の恐怖で緊張したまま、ずっと吐き気がしてた。
けど、時間が経つにつれてわかってきた東北の被害のひどさ・・・・
東北に多い協力会社も、壊滅的だとか。
映像で見ても恐ろしいし、津波、余震、寒さ、空腹、喉の乾き・・・・
本当に人間が耐えれるかわからないような極限の環境で頑張ってる被災地の人を見たら、
怖いよりもできることをしてあげたいって思うようになりました。
直接的に支援はできないけど、
少しでも力になれる事を。
節電して、現地の医療機関や創作のために必要な電力を確保してあげたい。
ここも寒い春先とはいえ、現地は氷点下の中、暖房無しで身を寄せ合ってる。
水さえ十分に確保できないし、「安全」も確保されてない。
自分がいかに幸せであるかに感謝して、
どんな小さなことでもいいからできることをしよう。
誰か、これを見ている商業施設の方、今日、明日、なるべく節電のための協力をしてあげてください。
よろしくお願いします。