宇陀は兄宇迦斯えうかし と
弟宇迦斯おとうかし が治めていた。
八咫烏を使いにだし、天つ神の御子に
仕えるかどうかを尋ねさせると
兄宇迦斯は、鳴鏑なりかぶら で使いを
射返した。鳴鏑が落ちたところを訶夫羅前
かぶらざき という。
(鳴鏑=鏑矢‥射ると音が出て
戦いの合図となる矢)
そして兄宇迦斯は、迎え撃つための軍勢を
集めようとしたが思うように集まら
なかったので直接戦うのをあきらめて
御子たちの元へ出向き「お仕えします」
と偽って大きな御殿を造り
その中に罠を仕掛けて待っていた。
弟宇迦斯は、それを知って御子たちに
知らせた。
大伴連たちの祖先である道臣命と
久米直たちの祖先である大久米命が
兄宇迦斯を呼び出し、自らが造った御殿
ならば、まず自分で入ってみよと
太刀や矛、弓矢で脅して、御殿の中に
追いいれると、兄宇迦斯は自分で
造った罠にかかって死んでしまった。
遺体を引きずり出して切ったので
その地を宇陀の血原という。
その後、弟宇迦斯の献上したもてなしを
受け、御子は率いる軍勢に与えた。
そのとき一同は饗宴の歌を歌った。
弟宇迦斯は宇陀の水取もいとり たちの
祖先である。