子供たちは

何もないこところから

自分たちの物語を紡ぎはじめます


自分は車掌さんになったり

ネコになったり

カメになったり

お店屋さんになったり


そのストーリーも

大人に「○○って言って」「○○やって」と

要求し、台本がそこにあるかのごとく

自分の編み出した沿ってストーリーが

展開されていきます。


ハプニングがあってもへっちゃら。


だって物語は自由自在

何もない自由な想像力から

生まれているのですから

しばられるものなんて

自分のこだわりだけです。


そんな自分のWORLDに

夢中になっていると

伝説が生まれます。


たまには失敗談の

「おしっこウンチもらし」だったり

「無理な行動の引き起こす怪我」だったりも

しますが(笑)成功談の本人のとっておきの

自慢話として、武勇伝として、聞くものの笑いを

そそり、皆の記憶に残り

語り継がれることも多いのです。


そんな奔放さと譲れない意思

それは大人たちが子供をひとりの人間として

ひとりの大事な存在として

優しい眼で見守ってあげることで

築かれるような気がしています。


NO!というのは簡単だけど、

それをもっと広い目で見て

YES!と許容してあげられる包容力、豊な心


自分がいつまでもWORLDを持って

眼を輝かせている大人にはそれが

簡単に出来ることかもしれません。


自分自身の心が自由であれば

WORLDが生まれ

WORLDの楽しさを知っていればこそ

相手のWORLDも許すことができる

そして許してもらう喜びを感じることができたら

今度は自分が許してあげられる


そして皆、キラキラ輝いていき

輝いている人に引きよせられて

また新しいWORLDが生まれる


WORLDの融合

それってMT(まさかの展開)だと思うのです。


日本人の良さって(表裏一体ですが)

YESとNOのあいまいな部分を

共有できるところなのかなあって

最近感じます。


受け入れる、でも流されない

少年の心、少女の輝き


物語りから伝説へ


そんな逸話を持つ人たちが

大人にも子供にも

たくさん広がっていきますように