何年かぶりに開いたブログ

 

 

きれいに書いて

きれいにまとめて、

 

嫌いじゃない自分が放つ言葉

 

ああ、私って昔からこんな言葉を使うんだって

 

なんか可笑しかった

 

おかちゃんの影響で

 

詩を書くことに興味を覚え

 

ここで放ってみようかな

 

ひっそりと

 

自分の詩を

 

 

 

 

*オアシス ☆☆☆☆☆
衝撃的だった。脳性麻痺の女性と、脳のネジ1本取れてるような、少し頭おかしい男の人の演技がうますぎて、リアルだった。残念な結果の合コンのあと観て自分の幸せについて悶々としていた時に観た。脳性麻痺の女性を観て、自分の生活がいかに快適で、当たり前じゃないかを思い知った。あの人より私は、はるかに何でも自分で出来て、やろうと思えば成し遂げられる。そして、自分が目指してる幸せだって、当たり前じゃないんだと。みんなが、愛されて、結婚して、子供も健康で、、なんて、当たり前に目標にしてたけど、みんながそうなれる訳じゃない。そこを目指すから苦しくなるのかも。きっとあの女性だって夢見てるかもしれないけど、どこからどう見ても、誰が見たって、無理って分かる。誰しもができるのことではない。無理なものは無理なのかも。でも、みんなみたいに、私も幸せになりたい、なんて思うから苦しい。私は、私なりの幸せがあるんじゃないかな。本当は、恋愛して愛されたいと心から思うけど、でも出来ないから、苦しい。出来ないものは、出来ないで、もう、それはどこかに置いて、友達になるとか、信頼を得るとか、人の関わり方は、他に沢山あるんだから、そっちにシフトしてもいいんじゃないかな。生涯独身だって、友達が沢山いればそこまで孤独じゃないんじゃない。お金貯めて、自分で老後の資金蓄えて、来るべき未来へ備えたら?
人との関わり方考えよう。愛されたいから、信頼を得たい、に変えよう。結局私は恋愛ってなると、不安だし、満たされないし、ストレスまみれ。それよか、もっと穏やかで、安定した、心で繋がる人間関係を築きたい。もう、それだけでいい。
花火を見ると、想う

お母さんのこと

お母さんが亡くなって、まる4年経った

4年前の8月2日

戸田の花火大会

綺麗な綺麗な花火を見て

この綺麗な花火、お母さんにも見せたいな・・と思いながら

そして、お母さんの「死」をやっと受け入れることが出来て、

これから思い出を沢山作るんだ!って思った。

そして、翌日、お母さんは亡くなったんだ。

まるで、私の気持ちを知っているかのように

今まで、絶対に認めたくなかった、受け入れることが出来なかった

私の心が動くのを待っていたかのように、母はこの世を去った。

翌日、看護婦さんから、窓から綺麗な花火を見ていた、と聞いて

嬉しかった。

お母さんが、最後に見た景色が、

美しい花火だったなんて、

今まで頑張ってきた、お母さんへの

神様からのプレゼントだったのかもしれないと思う。

その綺麗な花火を見て、何を想ったのだろう。

毎年、花火を見ると、そんな母への想いが沸き上がる。
文章をかくのは、嫌いじゃない

はじめは、溜っている気持ちの重いもの

嫌な事をただただ書き連ねる

次第に溶けて行く心

自分が、どうしたいのか

なにが一番いいのかが、書いているうちに

自分で分かってくる

書いて、冷静になって、ストレスを溶かして

答えを見つけていく

そんなところが、ここなのだ。


疲れることが、たくさんある

泣きたいときもいっぱい

自分がここにいること自体に疑問を感じて悶々

自分を嫌いになって、悲しくなって、

落ちて落ちて。

でも、自分を癒せるのは自分で

前を向かせるのも、明るい未来を作るのも

自分しかいない。

そう、書きながら、自分に自覚させる。

そうね、嫌なことがあったら

答えが見つからなかったら

ここに書く。

そうすることで、自分を癒せるのだから。

頑張って私。

明日も生きたいじゃん。

生き抜きたいじゃん、人生を