東日本大震災から4年が経ちました。
今日の空は、あの日と同じように、青く晴れわたっています。
朝から震災に関する番組を見て過ごしました。
少しでも、被災された方々の悲しみとご苦労に寄り添えたらいいと思います。
同時に思い出す、あの日のこと―――
震源地から離れた東京も、大きな揺れに見舞われました。
わたしがいた古いビルは、地盤の軟弱な土地に建っていたようです。
高層階の揺れは激甚で、テレビは落ち、柱にひびが入り、すべてのものが床に散らばりました。
長い揺れの中、頭をよぎるのは、数週間前のニュージーランド地震でした。
ビルの崩壊で、日本人の留学生たちも犠牲となった…あの地震です。
古いビル。
長い揺れ。
「ビルの崩壊で…犠牲に」
ただひたすらの恐怖を和らげてくれたのは、一緒にいた友人たちでした。
一人じゃなくて、本当によかった。
あの日のことを思い出すとき、真っ先に浮かぶのは3人の友人たちの顔です。
電車が止まっていたため、自宅の方角が同じ友人たちと一緒に歩いて帰りました。
距離は約20キロ。
恐怖はまだ消えず、不安は募るばかりでしたが…
みんな努めて明るく、楽しい話題ばかりを選び、励ましあって歩いた記憶があります。
あの日、わたしは10㎝ヒールの靴を履いていました。
足の痛みは激痛に変わり、血のぬるっとした感触もありましたが、友人たちに心配をかけまいとがんばって歩き…
10キロほど歩いたところでイトーヨーカドーを発見し、ぺたんこ靴を手に入れることができました。
レジの店員さんの「歩いて帰られるんですか。がんばってください」という言葉がうれしかった。
こんな時でも、人は優しい。
残り、10キロ。
別の友人たちからも入る「大丈夫?」「帰れた?」「車で向かうよ!」「気をつけて」などの連絡がうれしかった。
こんな時でも、人は人を思いやれる。
一人でいたらきっと、おろおろするばかりで何もできませんでした。
友人たちがいたから、怖くても痛くても前へ進めた。
あれから4年―――
失われたすべての命に、心からの祈りを。
大切なものを失った方々に、たゆみない共感と善意を。
人は、優しい。
人は、人を思いやれる。
あの日見つけた小さな種を、大きく育てていけたらと思います。
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朝の報道番組の中、復興を目指す東北の港町の様子が紹介されていました。
「ぜひ、東北へ」とうながす画面に映し出されたいくら丼が、とっても美味しそうで…
今日の晩ごはんです。
いくら丼、
茶碗蒸し(えび、いんげん、醤油餅)、
若竹煮、
かにかまときゅうりの胡麻マヨネーズ和え、
冷奴(「山形のだし」のせ)。
美味しい「海の幸」を、今度はぜひ東北で。
昨年は仙台・松島・平泉を訪れましたが…さて、次はどの街へお邪魔しましょうか。
