「生命」はいかに発生したのか?
「無生物」から「生物」への進化(?)の過程は、まだまだ一般には「ブラックボックス」「ミッシングリンク」である。
地球上に存在する物質が「いかにして」生命を宿すに至ったのか?
このシンプルにして最高難易度の問題に真正面から挑んだのが、中沢弘基著『生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像』である。
これを読了したのは実は昨年の後半。
おれのなかでは2014年内にとどまらず、ここ数年間に読んだ本のなかで、もっとも知的興奮を誘う挑発的内容の書物だった。
著者の中沢氏はまず「地球史」全体を視野に入れなければ「生命誕生」の仕組みは解明できないと主張する。
(前略)<生物は、物質的には地球の一部であり、バクテリアからヒトまでの進化を考える場合には、全地球の物質の変化を地球史46億年の時空で考えなければならない>と。
<生物だけ、ましてや一生物種だけを考えてもわからない>と。
(「はじめに」より)
そうなのだ。本書に限らず言われていることなのだが、現在の地球の環境がすべてだと思うと、生物の進化を理解できない。
たかが数億年前でさえ、現在の地球とは別の惑星だと言ってもいいほど、気候も大気組成も異なっている。(たとえば5億年前だといわゆる「カンブリア紀」に当たる)
ましてや、約38億年前と推定されている「生命の発生」となると、現在とは異なる環境、異なる条件であることを踏まえなければ、推論も検証も始まらない。
一方で、巷で流布している類の「生命の起源説」をすっぱりと否定する。
ひとつは「生命の起源は海の中」という考え。
アミノ酸に富んだ「チキンスープ」のような海洋で生命が発生したという説である。
(多くの書籍でも、これを無条件の前提として生命の進化を解説している。おれが最近観た科学番組でもそうだった)
これも地球史を考慮せず、<陸に囲まれた海はずっと海であり続けてきた>という誤った認識が根っこある。そもそも<科学的には海の中でアミノ酸などの生物有機分子どうしが結合して大きくなると考えるのは不自然なの>である。
さらにもうひとつは「宇宙起源説」。
「この地球」ではないどこか違う惑星に存在した「生命」が、隕石などによって地球に運ばれ、それが地球の生命の「祖先」になったという説だ。(これを主張している学者も少なくない)
これは本書で否定してもらうまでもなく(明快に否定してるけど)、ちょっと考えれば不自然さに気づくはずだ。
地球に飛来する隕石のスピードがどれほどのものか?
大気圏に突入した際の温度がどれだけになるか?
たとえ大気が存在しない時代の地球への飛来だったとしても、衝突の衝撃がどれほどのものか?
仮に隕石に「生命」が付着していたとしても、衝突時にはすでに、その片鱗すら残っていないだろう。
それよりもまず、この宇宙起源説は、もっと根本的な問題を棚上げにしている。
生命が「他天体」から来たとして、ではその「他天体」で生命はいかに発生したのか、という問題だ。
他天体のことだから知ぃ~~らない! まあ、なんらかの仕組みで発生したんでしょ、と片付けるようなタイプは科学者を辞めたほうがいいと思う。ホントに。
余談だが、宇宙起源説は、映画『ターミネーター』のなかで、人工知能搭載のスカイネットがいかにして開発されたかが謎のまま残っているのに似ている。
『ターミネーター2』(『T2』)に登場する科学者がまるでその最初の発明者であるかのように進行しながら、結局、マイルズ・ダイソンは、未来から転送されてきたターミネーターの仕組みを、そのチップの残骸からコピーしようとしていただけなのだ。
いわば、パラドックスをはらんだ無限ループになっていて、「真の開発者」は不明のままだ。
『T3』『T4』では、その問題にすら触れていない。(『T3』ではすでにスカイネットが完成しテストを待つだけの段階となっている)
スカイネット開発の問題に正面から迫っているのは、アメリカTVシリーズ『ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ』のみだ・・・。
話がそれた。
どういう条件のもとでなら、また、どういう機序によってなら「生命」は発生し得るのか。
それを実際の地球史に則って解説したのが本書である。
研究を進めるには、<有機化学を中心とした生命起源の研究分野>のみならず、<地球科学>などとの垣根を越えた「総合科学」的な洞察が必要となる。
まずは46億年前の地球創生。
地表はマグマに覆われ、その超高温によって水素を失い、酸化的な大気が発生する。
(炭素とか、水とか、二酸化炭素を多く含んだ大気だ)
やがて(といっても2~3億年後)熱の放散とともに水蒸気が凝集して海洋ができ、40億年前にはマントル対流によってプレートテクトニクスが開始される。
40~38億年前にはおびただしい隕石の襲来<「後期重爆撃」>が水と大気の激しい化学反応を引き起こし、それが「有機分子」の創成につながる。(襲来した隕石によって「生命」が運ばれてきたわけではない)
その後連綿とつづく地球そのものの変動のなかで、ある場所+ある条件のもと「高分子」が生成され、それが重合して「巨大分子」が生成される。
さらに「代謝機能」を獲得した「無遺伝子生命体」が、いまから37~38億年前、「自己複製機能」を獲得して「代謝機能+遺伝機能を備えた固体」=「生命」となる・・・。
いくら○○という条件のもとでなら・・・と説いても、実際の地球上にかつて○○という状態がなければ机上の空論と化すおそれがある。
だが実験しようにも、地球創生からの大変化という、いまとなっては「特殊な」環境をそのまますべて再現することはできないので(小規模実験はできるが)、検証には「可能性が高いこと」「解明されていること」「そう考えることが自然であること」等が綿密に積み重ねられ、逆に「科学的に不自然であること」「希望的仮説でしかないこと」は周到に排除されている。
もちろん、(可能なことは)実験による検証も重ねていく。
実際著者は、隕石衝突の衝撃と高温によって生じる(であろう)化学反応を、「模擬実験」によって実証していく。(第4章)
衝突速度を実際の隕石の速度の1/10以下の規模(秒速1km)にした実験でも、著者が予想していた化学反応は生じた。ましてや実際の隕石なら、というわけだ。
著者は最初に断言する。
<生命誕生のシナリオは、普通で当たり前の自然現象の積み重ねであって、それ自体には夢もロマンもありません。>
といいながら、<「生命はなぜ発生して、なぜ進化し続けるのか?」>という根源的な「why?」にも、明確な解答を示してくれる。
これはある意味、夢にまでみた「解答」であり、いわば、いっさいの「ロマン」を排したところに「究極のロマン」が立脚するという、壮大にすぎるドラマを目の当りにすることができる。
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カチリ、カチリ、カチリと、頭のなかで幾多のピースが嵌まりはじめる。
エントロピー。酸化と還元。軽元素。自然選択。ホモキラリティ・・・。
さまざまなワードと概念が「生命誕生」につながっていく。
たとえば生命とダイアモンドとの関係。眼のまえに座っているご婦人と、その指に光るダイアとの関係。海底地下深くのギガパルス単位の高圧力で分岐した炭素の運命・・・。
生物有機分子のうち<高分子に進化したほうはサバイバルして生命の素となり、サバイバルできずに脱水素化したほうはダイアモンドになった>。
すなわち、<生命になりそこなった炭素がダイアモンドになった>というのだ。
・・・幾多のピースが嵌まりはじめる。
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