今は昔のこと、なにがしというものがあった。長年連れ添った妻を離別した。家を追い出された妻は、やがて一軒の廃屋を見つけた。妻は夫を深く恨み、嘆き悲しんだが、その思いのために病となり、数か月患ったあげく、思い死にしてしまった。
その女は父も母も、また身寄りもない独り身で、死んだからといって、その遺骸を取りかたずけてくれる者もいない。そのまま家の中に放ってあったが、日が経っても髪の毛一本抜け落ちず、依然として頭にくっついていた。また骨も、みな長くつながったまま、ばらばらになることもなかった。
隣の家の男が、戸の隙間からのぞいてみて、怖くなってふるえ出した。またその家の中には、常に真っ青に光るものがあり、物鳴りなどもしたから、隣の男は、恐ろしさのあまり逃げ出した。妻は悪霊と化したのだ。
夫だった男は、これを聞いて、今にも死にそうな気持になった。どうすれば、この悪霊のたたりを免れるだろう。自分を恨んで思い死にした女なのだから、自分はきっと取り殺されるだろう、とふるえあがって、なにがしという陰陽師のもとを訪ね、仔細を話して、たたりを逃れる方法を聞いた。
すると陰陽師が「このたたりは、うまくまぬがれることがむずかしい。しかし、せかっくのお頼みゆえ、ひとつ工面して差し上げよう。ただし、それには、身の毛もよだつほどの怖い思いが無しでは済まされぬ。それをじっと我慢されよ」と教えて、日の暮れがたに例の死人のいる家へと、この男を連れて行った。
男は、話しを聞いただけでさえ、髪の毛が逆立つほど恐ろしいのに、ましてその家に出かけていくなど、実に恐ろしく耐えがたかったが、ひとえに陰陽師を信頼して出かけた。
行って見ると、なるほど、死人の髪は一本も抜け落ちず、骨はみな長くつながったまま寝ている。陰陽師は、その死骸の背中に、男を馬にまたがらせるように乗せた。こうしてから、その死人の髪をしかっり握らせ「絶体に離してはなりませんぞ」と注意した。
陰陽師は、呪文を唱え祈祷して「自分がここへ戻ってくるまで、このままでおれ。身の毛もよだつほどの怖いことがあろうと、それをこらえておれ」と言い残し、この家から出ていった。男はしかたなく、生きた心地もせぬまま死人にまたがったまま、髪をつかんでいた。
やがて夜になった。もう夜中かと思う頃に、この死人が「重たいなあ」と口をきいた。そして、男を背中にのせたまま立ち上がると「よしあいつを探してこよう」といって、家の外に走り出た。どこともわからず、ただ夜の中を、わき目もふらずに走ってゆく。けれども男は、陰陽師に教えられたとおりに、馬乗りになったまま、髪をしっかりとつかんでいると、やがて死人は、元の方向へ戻り、元の家にはいって、前のように横たわった。男にすれば、恐ろしいなんてものではなく、半死半生であった。それでも一心に髪を離さず、背中にまたがっていると、鶏が鳴いて、死人も口をきかなくなった。
そのうち夜が明けると、陰陽師がやって来て「昨夜は、さぞ恐ろしいことがあったであろう。髪は離さなかったかな?」と尋ねるので、男は離さなかったと答えた。そこで陰陽師は、また呪文を唱え祈祷してから「さあいっしょに来なさい」といって、男を、その住んでいる家まで連れ戻してやった。
「このうえは、何も恐ろしいことは起こるまい。あなたのおっしゃることが、あんまりお気の毒だったので、こうしたのです」と言った。男はありがた涙に暮れて、陰陽師を拝んだ。その後、男の身には、何の異変も起らなかった。
これは近頃のことであろう。その男の孫は今も生きている。またこの陰陽師の孫も、大宿直(おおとのい)というところに今でもいる、という話である。
(巻24第20話)