今は昔のこと、美濃の国(みののくに)に、因幡川(いなばがわ)という大きな川があった。雨が降りやまず水かさが増してくると、この河は水があふれて氾濫した。そこで、河岸に住む人たちは洪水の時の用心に、特別に天井を頑丈に作って、そこをまるで板の間のようにこしらえていた。
洪水になると、ここに登って難を避け、飲み食いなどもした。屈強の男どもは、舟に乗ったり泳いだりして往来することもあったが、女子供はこの天井裏に閉じこもったきり、水が引くのを待っていた。
こうして二十年ばかりが経ったころ、因幡川が氾濫したことがあった。河岸の家ではかねてからの備えどおりに天井裏に避難したが、並の氾濫では、びくともしなかった大黒柱も、この年ばかりは、すっかりゆるんでしまい、家は土台から流れ出して、そのために多くの人が死んだ。
中に、一軒、特別頑丈につくられていた家があって、何とか持ちこたえたが、その代わり、天上から下と上がそっくりはずれてしまい、天上から上が水に浮いたまま、船のように流されてしまった。
いち早く非難して、近くの峰に非難していた連中は「ながされていく者たちはうまく助かるだろうか。いったいどうするつもりなのか」と口々に言いあっていた。
ところで、天上では炊事をするための火だねがあったのだが、風が強く吹きつけたため、それが屋根の上の板に燃え移ってしまった。それまで見物の連中は水に溺れて死ぬだろうと見ていたが、この燃え移った火がいよいよいよいよ盛んになって、家中すっかり火に包まれ、中にいた、数人の、女、子供たちは声を上げて叫びあったが、助けに来る人もなく、みるみるうちに、皆、焼け死んでしまった。
水に流されながら火に焼けて死ぬことなど、めったにないひどいことだと、見物の連中は心を痛めていたが、この天上の中からひとりだけ、年は十四、五の少年が燃え盛る火の中から水に飛びこんだ。
そしてそのまま少年は流されてゆく。「せっかく火の難逃れたのにあれでは助かりようがない。あの子は水に溺れて死ぬように、前世から決められていたのだろうか?」と言いながら見物の連中は眺めていると、この少年は流されていく途中で、水面に木の葉が手に触ったので思わずそれにすがった。
それをつかむと体が流されなくなったので、たぐり寄せていくと、それは木の枝であることがわかった。そこで夢中でしがみついていた。
この因幡川は水が出でるかと思えば、すぐに引くので、つかまえていた木がずんずん姿を現してきた。そのうちに日が暮れて夜になってしまったので、その夜はこのまま明かし、夜が明けて水がすっかり引いてから、木から下りようと、少年は夜が明けるのをひたすら待った。
ようやく、あたりが白んで、まもなく太陽が出ようという刻限になったが、なんとも目もとどかぬような雲の上にいるような気がする。はるか下を朝靄がたなびくように流れている。これはどういうことかと思い、よくよく目を凝らして眺めれば、はるか高い峰の上から、深い谷に向けて、傾き生えた高さ十丈(一丈は3m)ほどの木のてっぺんの細い小枝に少年はしがみついていたのだった。
少年が、少しでも身体を動かせば揺れ動く。万が一、枝が折れようものなら、たちまち谷に転げ落ちて、身体は粉みじんになるだろう。なんとも助かりようがないから、子ども心にも観音を拝んで「助けてください」と声の限りに叫んだが、すぐに聞きつける者もいない。
水難を逃れようとして、火難にあい、火難を逃れようとしても、今度は高い木の枝から真っ逆さまに落ちて死のうとする。なんという悲しい運命だろう。
そのうちに、この子の叫び声を人が聞きつけて探し求めた。やっと声の主が、木の枝にしがみついている少年だとわかったが「あそこにいるのは、昨日水に流されながら焼けた家から、水に飛びこんだ少年に違いない。しかしどうしたら助けられよう」というばかりで、手のつけようがない。
木の根元を見れば、枝一つないまっすぐな木で、足がかりがない。峰の上なので足場を組むというわけにもいかない。気ばかりあせるうちに、皆の声を聞きつけて多くの人が集まってきたが、ああしろこうしろと口ばかり達者で、これという救助の確かな手段もない。
そのうち少年が叫ぶには「もうとても持ちこたえられない。今にも手がしびれて落ちてしまいそうだ。どうせ死ぬなら、せめて網を集めて来て、それを張って、わたしを受け止めてください。万が一でも助かるように、その網の上に落ちてみます」と言った。
下にいる人も「それは良さそうだ」というので、辺りから網をたくさん持ち寄って、強い縄を張りめぐらし、その上に網を何重も重ねて張った。そうしたところで少年は、観音の御名を念じて、ひと思いに手を離し、この網めがけて飛び降りた。まるで風に舞う木の葉のように、ふわりふわりとゆっくり落ちてゆく。仏のご加護があってのことか、うまくその身体が網の上に落ちた。
人々が大急ぎで寄ってみると、少年は死んだように動かなかったが、そっと網から下ろして介抱すると、いとっきも経たないうちに息を吹き返した。どうしても助からない命が、なんととうとう助かった。
次から次へと危ない目にあって、それでも大切な命がながらえたのは、前世の宿報の、余程強い者ということができようか。
この話は隣国まで聞こえて、すこぶる不思議なことだと評判された。これを見て、人の命というものは、皆、前世の約束事のように定まっているものだと、人々も言いあった、という話である。