今は昔のこと、醍醐天皇の御代に、露台(内裏の南殿<なでん>と、仁寿殿<じじゅうでん>の間をつなぐ屋根のない大床。乱舞などが行なわれた所)の、御燈油(みあかしあぶら、殿中に灯す油の灯火)を、なにものかが真夜中に盗んで、南殿のほうへ逃げ去られる事件が、夜ごと続いた。
天皇はこれを怪しまれ「そのものの正体を見きわめたいものだ」とおおせになった。その時、源公忠(みなもとのきんただ)という人が、殿上人として、おそば近くに仕えていたが、この人が「この御燈油を盗む怪しい奴は、つかまえるのは容易ではありません。しかし正体だけは見きわめてごらんに入れましょう」と言った。
天皇はこれを聞いてお喜びになり「必ず正体を見きわめよ」とおおせになった。
時は三月の長雨のころで、昼は明るいところでも、夜になると真っ暗である。ましてや南殿の角辺りは、文目も分かぬ暗さで不気味にひっそりとしている。公忠は、そっと足をしのばせて南殿に登り、北の脇にある開いた戸のそばに立って、物音を立てないように用心しながら、じっと待っていた。
丑時(午前二時)をまわったかと思うころ何やら足音が近づいてくる。来おったな、と思ううちに、御燈油が揺らめいた。いかにも重たそうな足音ではあるが、その姿は見えない。ただ御燈油だけが、宙に浮きあがって、南殿の戸のほうへ動いて行く。
公忠はそれを目がけて走って行き、戸のわきで、足を上げて強く蹴とばした。すると、何かが足に強く当たった。御燈油はひっくりかえって床にこぼれた。目に見えぬ怪物は南のほうへ走り去った。公忠は、殿上に戻って灯を点けて、自分の足を調べてみると、親指の爪が欠けて血がついている。
夜が明けてから、怪しいものを蹴とばした場所に行ってみると、黒味を帯びた血がいっぱい流れていて、南殿の塗籠(ぬりごめ、周囲が壁の部屋)のほうへあとを引いている。そこで、その部屋を開けてみると、血はいっぱい床にこぼれているが、怪物の姿はなかった。そこで天皇は、公忠の勇気を深くおほめになった。
この公忠は武士の家柄ではなかったが、思慮分別もあり、ものに動じない勇気のある人であった。怪しい相手に立ち向かい、大胆にも蹴とばしたのである。ほかの人なら、たとえ天皇のおおせがあったにせよ、こんなに暗い夜中に南殿の角にただ立っていることができようか。
それから後は、もう御燈油を盗まれることもなくなった、という話である。
(巻27第10話)
南殿の鬼の仕業か