今は昔のこと、伊勢の国から近江の国(現、滋賀県)へと行く若い三人の男があった。身分は卑しかったが三人とも肝っ玉の大きな連中だった。
この街道筋にある鈴鹿山の山奥に、昔からどういう言い伝えなのか、鬼が棲むと言って誰も泊ろうとしない古堂があった。せっかくの街道の中にありながら、言い伝えが怖いので誰も近づかない。
時は夏で、この三人が山を通る時、にわかに雲で空一面が暗くなり、激しい夕立がきた。じきにやむかと思って、歯の茂った木の下に入り待っていたが、雨はますます降りしきり、そのうちしだいに日も暮れて来た。そこで一人が「あそこに見える堂にとまることにしよう」と言いだした。するともう二人が「あの堂は昔から鬼が棲むといって誰も近づかない堂だから、どうしたものか」などといった。
しかし、最初の男はいっこうにひるまず、「こうした旅のついでに、鬼が出るものか、出ないものか、ひとつ見てやろう。もしその鬼に食われそうになったら、どうせ一度は死ぬ身、あきらめて死ぬとしよう。しかし、ひょっとしたら、狐やたぬきなどが、人をだましてしたことを、言い伝えて、びくびくしているだけかもしれん、ためしてみようじゃないか」と、言った。
ふたりの男も渋々ながら「それもそうだな」と言ううちに、やがて日もすっかり暮れて暗くなったので、三人そろって、その堂にはいってみた。
いわくつきの古堂なので、とにかく眠らないことにきめて、三人で物語などしているうちにひとりの男がこう言った。
「昼間通る時に、山の中で死んでいる男を見た。それをこれから行ってかついで来ようと思う、どうだ?」すると、ここに泊まろうとはじめに言いだした男が、「わけもないこと」と言ったので、もう二人がそばから、「とても取りになんか行けるものか、それもこんな真っ暗闇に」などとひやかしたので、この男は、「よしそう言うなら、これから行って取って来るぞ」と言いだすやいなや、着ている着物をたちまちのうちに脱ぎ捨てて裸になると、いちもくさんにこの堂から飛び出した
雨はやまず、一寸先も見えない闇である。ところでそこに残ったうちのひとりの男が、これまた着物を脱ぐと、裸になり、前に飛び出した男のすぐあとから暗闇の中へと消え去っていった。
最初の男は街道づたいに行ったのに、あとの男はそっとわき道を通って前の男を追い越し、死人のいる場所へと先に着いた。そこでその死人を引っつかんで谷の底へ投げ捨て、自分が代わりにその場所に横になっていた。
そこに最初の男がやってくると、まさか死人の代わりに生きた男が寝ているとは知らず、この死人を背中に背負おうとする。背負われた男は相手の肩にかじりついた。そこで最初の男は「そんなに食いつくなよ、死人め」と言い、しっかりと背中に背負うと、いちもくさんに古堂へ戻り、死人であるはずの男を戸のそばに置き、声をかけた。
「諸君、ここに背負ってきたぞ」と言い、戸をあけさせて中に入る。そのあいだに、背負われてきた男はいち早く姿をくらました。最初の男は戸の外を探してみたが、死人の影もないので「すばやい奴め、逃げおったな」と言って見まわしている。その時今まで背負われてきた男は、横のほうから顔を出して大笑いに笑って仔細を語ったので、「とんでもない奴だ」と言ってふたりながら笑いに笑い堂の中にはいった。
この二人の男の肝っ玉は、どちらがどちらとも言えぬほどたいしたものだが、やはり背負ってきた男のほうが一段上だ。死人の真似をするのはできないことでもないが、わざわざ出かけて行って背負ってくるとは、なんともあきれた肝っ玉である。
一方、その二人の男が留守をしているあいだの、留守番の男を見てみると、古堂の天井には、格子の一桝ごとに不思議で奇妙な顔が現れ出たのだが、そこで太刀をぬいてぴかりぴかりとひらめかすと、たくさんの顔はいっせいに声をあげて笑い、消えうせた。しかし男はびくともしなかった。それゆえにこの留守番の男の肝っ玉もたいしたものである。三人が三人とも度胸のある男どもであった。やがて夜が明けたので、古堂を出て、三人は近江のほうへと山を越えた。
思えば天上から顔を出したのは、おそらくは狐がだまそうとしたものであろう。それを鬼がいるなどと噂して言い伝えになったのだ。
この三人の者どもは、古堂に宿をとって出かけたあとも、何ら変わったことはなかった。これがもしほんとうに鬼が棲んでいたのなら、そののちなんぞ祟りがあったかもしれない、という話である。
(巻27第44話)
肝試し