今は昔のこと、摂津(現、大阪府北中部の大半と兵庫県南東部)の守、源頼光朝臣の家来で平貞道(たいらのさだみち)、平季武(たいらのすえたけ)、坂田公時(さかたのきんとき)という三人の武士があった。いずれも容姿堂々として、武芸にすぐれ、肝っ玉太く、思慮もあり、どこといって難のつけどころがなかった。
そこで、東国でも、しばしば素晴らしい働きをし、人に怖れられた武士どもだったので、摂津守も、自分の身辺に置いて重く用いていた。
ところで、賀茂の祭りのあくる日は、美々しい行列が通るので、京の人たちは、みな見物に出かけたが、この三人の武士も互いに相談して、「今日の行列は、ひとつわれわれも見物に行こう」と言いだした。
そこでひとりが、「馬に乗って紫野(京都市北区紫野)へ行くのは、いかにもやぼである。そうかといって、顔を隠してまでして歩いて行くのも、われわれ武士の本分ではない。行列は見たいものだが、どうして行こうか?」と嘆いた。
そこでひとりが、「それでは、それがしが坊さんから牛車を借りてくるから、それに乗って行こう」と言い出した。
すると、もうひとりが反対して、「乗ったこともない牛車なんぞに乗って、殿上人などと道で行き会い、無礼者なんぞと言われて車から引き落とされ、牛に蹴られでもしたら、つまらぬ犬死になるぞ」とあやぶむ。
それに、ひとりが知恵をつけて、「では下簾(<したすだれ>牛車の前後の簾の内側にかけて垂らす絹布)をつけて、女車(おんなぐるま)のように見せればよかろう」と言い出したので、残る二人も、「それがよい、女車のかっこうにしていこう」と意見が一致し、さっそく坊さんから、車を一台かりて来た。
そこで下簾を垂らし、三人の武士は、怪しげな紺の水干袴(<すいかんばかま>水干を着る時にはく袴)を着こんで、これに乗り込んだ。しかし、履物は車の中に取り入れ、普通の女車のように、簾(すだれ)の下から、女物の袖を、見せることもせずに乗って行ったから、見るからにおぼつかない女車となった。
こうして紫野へ向けて牛車を走らせたが、何しろこの三人とも東国育ちの侍で、いまだ牛車に乗ったことは一度もない。
よって、まるで蓋をした入れ物の中で、ゆすぶられるように三人ともふりまわされ、あるいは、車の横板に頭をぶつける、あるいは、お互い同士の頬を打ち合う、またあお向けにひっくり返る、うつぶせにころぶなど、たまったものではない。
芋の子を洗うようにして車にゆられるうちに、三人ともすっかり酔っぱらって、踏板(<ふみいた>車の前方にある出入口の横板)に吐き散らかし、烏帽子まで落っことしてしまった。
引く牛は名代の逸物で、ゆっくりなどとは行かないから、三人は無骨な田舎言葉で、「そげに急ぐな急ぐな」などと声を出す。
そこで、同じ道筋を後ろから続いて行く車や、また歩きながらついて来る雑色などが、この声を聞きつけて不思議に思い、「この女車にはどんな女が乗っているのだろう? まるで烏が鳴くように、よくさえずっているのが不思議千万だ。東国の娘どもが、行列見物にでも行くのかな?」などと言っても、そこから聞こえてくる声は、まことに大の男のだみ声である。てんで合点がいかなかった。
こうして紫野に行き着き、牛を外して、ようやく地面に下り立ったが、早く着きすぎたので、行列の通るのを待っている間、この三人は車酔いで、ひどく気分が悪くなり、目が回って、何もかもがさかさまに見える。酔いのひどさに、三人ともうつ伏せになって、寝込んでしまった。
そのあいだに、行列は静々とお通りになる。それを死んだように寝ているから、ちっとも知らない。そこで行列が行き過ぎて、見物の車どもも牛をつけて帰る支度をして、がやがやと騒ぎはじめたので、三人は、やっとのことで目を覚まし、あっと驚いたがあとの祭り。気分は悪いし、眠っていてせっかくの見物はふいにする、腹の立つことおびただしい。
また帰りの車を、やたら飛ばされたら、おれたちは、とても生きておられるものじゃない。千人の敵を相手に、馬を走らせるのはお手のもので、ちっとも怖くはない。
しかし、貧乏たらしい牛飼童のやつひとりに身をまかせ、あんなにひどい目にあわせられたのでは、それこそおしまいだ。この車で帰ったら、とても生きてはおられない。
いっそこのまま待つとしよう。他の連中が帰って大路に人影が見えなくなったら、歩いて帰ろう、と三人は相談し、すっかり雑踏がおさまったあとで、三人とも車から下り、その借りてきた車は先に返し、それから履物をはいて烏帽子を目の下までぐっと下げ、顔を扇で隠し、恐る恐る摂津の守の一条の家まで戻った。
のちになって季武が話したことである。勇ましい武士といっても、馬ならぬ車の上の戦いでは、お門違いというものだ。こののちはすっかりこりて、牛車のそばには一歩も近寄らなかったという。
いかに勇気があり、思慮もあり、頭のよい者であっても、一度も牛車に乗ったことがないのでは、こんなに悲惨な酔い方をするもんだ。まことにあほうなことだ、という話である。
(巻28第02話)
貴族文化と武家文化の位相が醸しだす滑稽譚