今は昔のこと、物怪に取り憑かれて病気になった人の家があった。そこでその物怪を調べるために巫女につきものをさせてそのお告げを聞いてみた。
すると、巫女は「わたしは狐です。祟りをするために来たのではありません。ただこんな場所には、食い物のあまりなども、いろいろあるだろうと思って、のぞいているところを、仏法守護の鬼神のために、ついこのように召し捕えられて、押し込められているのです」
そう言って巫女は、懐から小さなみかんぐらいの大きさの白い玉を取り出し、お手玉を取って遊んでいる。それを見ている人たちは、なんと不思議できれいな玉だ、だが、あれは、この御子がはじめから懐に持っていて、人をだまそうとするのだろう、と怪しく思っていた。
その場にひとりの勇敢な若い侍がいたが、巫女が投げ上げた玉を、あっという間に手に取って懐に入れてしまい、そ知らぬ顔をした。するとこの巫女についていた狐が言うには「なんと困ったことをなされます。どうぞその玉をお返しください」としきりに頼んだが、男は知らん顔をしている。
狐は泣く泣く男に向かって「そちらはその玉を取ったところで、使いようをご存知ないのですから、ちっとも役には立ちますまい。わたしは、その玉を取られれば、たいそうな損になります。そこで、もしその玉をお返しくださいませんのなら、わたしはあなたを末永くかたきといたします。もし返してくださるなら、神のようにあなたに付き添って、お守りいたしましょう」と言った。
男も、こう言われては、これを持っていても仕方がない、という気にもなり「それではきっと自分を守ってくれるか」と念を押せば、狐は「もちろんです。必ずお守りいたしましょう。われわれのようなものは人間と違って、けっしてけっして嘘はつきません。また恩知らずということも、わたしどもにはありません」と言った
男はもう一度念を押して、「おまえをつかまえた鬼神も保証してくださるかな」と言えば、狐は「まことに仏法守護の鬼神もお聞きください。玉を返していただければ、確かにわたしはこの方を守ります」と受けあった。
そこで男は、懐から玉を取り出して巫女に渡した。狐は、返す返す喜んで、それを受け取った。その後、狐は修験道の行者に追われてどこかへ行ってしまった。
その後、その場にいあわせた人たちは、この巫女をすぐにつかまえて、その懐をさぐったが、いくら探しても白い玉は見当たらなかった。そこで、これはまったくつきものの狐が持っていたものであった、とわかった。
そののちのこと、この玉を取った若い侍が太秦(うずまさ)の広隆寺に参拝して、そろそろ日の暮れようというところを、御堂を出て帰りはじめた。大内裏(だいだいり)の裏通りを通るころには、すっかり夜となり、応天門のあたりを通り過ぎるころには、とっぷりと暮れはてて恐ろしいとも何とも気持ちが悪い。
震えながらふと思い出せば、いつぞや、自分を守ってくれると約束した狐があった。そこでまっ暗闇のただ中に声を出して「狐々」と呼んでみると、まさにこんこんと鳴いて狐が現れた。約束したとおりである。そこでありがたやと思い、狐に向かって「ああ狐さん、本当に嘘をつかなかったな。実に感心だ。いまここを通りすがると、人ひとりおらず、日は暮れるし、とても恐ろしくてかなわない。どうかわたしを送ってくれ」と頼んだ。
狐は心得たという顔をして先に立ち、時々、後ろを振り向きながら歩いて行くから、男はそのあとをたどる。ところが狐は通りから離れて横道を行く。
狐は、そのうち立ち止まって背中を曲げ、抜き足差し足歩きながら、意味ありげに振り返ってみせた。だから、男のほうも真似をして、抜き足差し足し歩いて行くと、近くに人のいる気配がする。
そっと見てみると、弓矢を帯び、刀をさした屈強の者どもが、おおぜい集まって、何やら相談をしている。垣根ごしにそっと聞いてみると、こいつらは盗人どもで、これから押し入る家のことを、あれこれ評定しているのであった。
この盗人どもが、表通りに陣取っているのを狐が知って、その道を通らずに、狐は横道へはいったのだとわかった。そこを通りぬけると、狐の姿は消えうせた。男は無事に我が家へと帰った。
このことばかりではなく、狐が、いつもつき従って、いろいろ助けてくれた。まったく、お守りをすると約束したその言葉に、一度もたがわなかったから、男は深く感謝した。もし、あの玉を惜しんで返さなかったならば、ろくなことはなかったであろう、まったく返してやってよかった、と思った。
思えば人間は、分別もあり、因果も知っているはずだが、中には恩を忘れ、不実な心を持つ者もあるのに、こうした狐のような獣は、恩も知れば嘘もつかないのである。
それゆえに、もしも助けてやるような、めぐりあわせになった時には、獣だからといってばかにせずに、必ず助けてやるべきだ、という話である。
(巻27第40話)
珍しい狐の恩返し