今は昔のこと、西国から飛脚となって京にのぼる男があった。昼夜問わず、ひとり道中を続けたが、やがて播磨の国(現、兵庫県西南部)の印南野(いなみの)を通りすぎる時に、日が次第に暮れかかった。

どこぞ泊まるところがないものかと、あたりをを見まわしたが、人家から遠く離れた野原なので、これという家もない。ただ、山の田を耕す百姓のものらしい、小さくて粗末な小屋を見つけたので、今夜ばかりは、ここで夜を明かそうと思い、人の住まぬ小屋の中にはいった。

この飛脚は度胸のある男で、旅したくも簡単に、ただ太刀を腰に帯びているばかりだったが、人里離れた田園の中で夜を迎えたので、着ているものも脱がず、眠ろうともせずに、物音を立てずにじっとしていた。



さて、次第に夜が更けていくうちに、西のほうで鐘をたたき念仏を唱えながら、多くの人が次第にこちらに近づいて来る音が、かすかに聞こえる。男は不思議に思い、暗闇を通してそちらを見ると、大勢の人が松明を連ねて歩いてくる。

鐘をたたき念仏を唱えているが、そこには坊さんもいれば俗人もいる。ようやくそばまで来たのを見て、なるほど葬式だったのかとわかったが、その行列はこの男の上がり込んだ小屋の、すぐそばまでどんどん近づいてくるから、男としては気味の悪いことおびただしい。

一行は、死人の入った棺をかついで来ると、この小屋から、二、三間(4~5m)離れた場所で、葬式を始めた。そこで男はいよいよ息をひそめた。もし人に見つけられて、聞かれたなら、ありのままに西国から京にのぼる者で、日が暮れたから、この小屋を借りた旨を言おう、などと思っていた。

しかし、ひるがって考えてみるに弔いをする場所というのは、みな前々からその準備をし、ここがその場所とわかるものなのに、ここに着いた、まだ日のあるうちにも、そんな気配はちっともなかったから、どうもおかしいんじゃないかと考えた。

そのうちに大勢の人が集まり、そこを囲んで葬式をすませた。そののち鋤や鍬などをもった下司(げす)どもがたくさん現れ、塚を築き、その上に卒塔婆をかけた。そういうことがすべて終わると、大勢の人は皆帰っていった。



一行が散じても、見ていた男は頭髪が逆立つようで、いつまでたってもふるえが止まらない。早く夜が明ければいいと不安に思っていたが、怖さのあまりこの塚のほうを見ていると、どうやら墓の上のほうが動いているように見える。もしや見間違いかと、よくよく睨んでみれば、やはり本当に動いている。

どうして動くはずがあるだろう、不思議なことだと思ううち、その動く場所から出てくるものがある。みると裸の人間が塚の土の中から現れて、手足に火がついて燃えているのを、払い落しながら走りだし、やがて、この男のいる小屋のほうへと、一目散に走ってくる。暗闇なので何者なのかはっきりとはわからないが、途方もなく大きな奴である。

その時、男が考えるには、葬式の場所には必ず鬼がいるものだ。その鬼が、自分を食い殺そうと思って、やってくるに違いない。どっちにしても自分の命はこれで最期だ。

どうせ死ぬなら、この狭い小屋の中に押し入られては具合が悪いから、鬼が入り込む先に、こちらから飛び出して切り捨てよう、と決心し、太刀を引き抜き小屋から飛び出した。

正面から鬼に向かって走って行き、えいとばかりに切りつけると、相手はすっぱりと切られて、さかさまに倒れた。

そこで男は、人里のある方へと、わき目もふらず走って逃げた。息を切らせて長い間走ったあげく、ようやく人家がちらほらと見えてきたので、とある一軒のそばにより、その門の脇にしゃがんで夜が明けるのを待ったが、実に心細い限りである。



ようやく夜が明けてから、その里の人たちに出会って、昨夜の一部始終を物語り、やっとの思いで逃げてきたというと、里の人もこれを聞いてびっくりし、「それでは行って様子を見よう」と言った。

血気ざかりの若者たちが、下人を連れて大勢で出かけて行ってみると、昨夜葬式のあった場所には、塚もなければ卒塔婆もない。ただ大きなたぬきが切り殺されて、倒されていたので、皆はあきれ果てた。

つまりこのたぬきが、男が小屋に入るのを見つけて、おどかそうと思ってやったことであろう。これを見た人たちは、「人間様につまらぬことを仕掛けて死ぬとは馬鹿なたぬきだ」などと言ってののしった。



そこで人里はなれた野原の中などに、連れもいないのに宿を取るものではない。この話は、この男が京にのぼって人に話したのを、このように語り伝えたものである。

(巻27第36話)

たぬきが人を化かす