今は昔のこと、五位の位を買うために、東国から都を指してのぼって来た者があった。その妻も「これは幸い、わたしも京見物に」と言って夫と一緒に上洛したが、おり悪しく予定していた宿がふさがって、行きどころが無くなってしまった。

少しばかりの縁をたよりに、住む人もない河原の院という東六条にある、古びた大きな屋敷の、留守を預かる者に、事情を話して、ひと晩、貸してくれるように頼み込んだ。

話しがついて、奥のほうの放出の間(はなちいでのま、母家に続く別棟)に幕をめぐらして主人がすわる。従僕どもは、土間にて食事をとらせ、馬などもつながせて、旅の疲れを休めていた。

やがて夕暮れ方、主人たちのいる部屋の後ろのほうにある開き戸を、不意に誰かが向こうから開ける様子。屋敷の中に人がいて開けるのだろうと、たいして気にも留めずにいるうちに、何とも正体のわからぬものがさっと手を伸ばして、そこにいた妻をつかみ取り、開き戸の向こうに引き入れようとする。

夫は驚いて、大声を上げて騒ぎながら引きとめようとしても、見る見るうちに妻が引きずりこまれてしまう。自分も大急ぎで開き戸に飛びつき、さて開こうとして引っ張っても、もう閉まったきりびくとも開かなくなった。

そこで、そばにある、格子戸や滑り戸などを開こうとしたが、どれも向こう側から鍵をさしてあるらしく、がたりともしない。夫はあきれて、あっちへ走り、こっちへ走り、戸を四方八方引っ張ってみたが、どうしてもあかない。

そこで夫は近所の家に走っていって「いまこういう一大事が起こりました。助けてください」と頼んだので、大勢の人が出て、戸のまわりをぐるぐるまわって調べてみたが、どこも開くところがない。

その間に、いつしか日もとっぷり暮れた。そこで、どうにも思いあぐねて、斧を持ち出しきて戸をたたきやぶり、灯をともして内に入って捜してみると、どのように殺したのだろうか、妻は傷一つなく、そこにある竿にかけられたまま死んでいた。

鬼が吸い殺したのだろうと、人々は口々に言いあったが、いまさらどうにもならず終わった。夫は妻が殺されたので震えあがり、その屋敷から逃げ出していった。

このように不思議なことがあるものだ。それゆえ様子の知れぬ古びた家なんかには宿を取るもんじゃない、という話である。

(巻27第17話)

これも鬼の仕業か? 短いけれど怖い話