今は昔のこと、醍醐天皇の御代に、碁勢(きせい)と寛蓮(かんれん)という二人の僧があった。二人ながら碁の名人として並び称されていた。

そのうち寛蓮は家柄も卑しくなく、殿上法師(僧房のことを司る坊官)を勤めていたから、天皇もよく碁の相手になった。天皇もなかなか上手ではあったが、寛蓮には二目を置いた。

その碁の勝負に、天皇はいつも金の枕をお賭けになった。天皇の負けとなって、寛蓮がその枕をもらって宮中を退出すると、天皇は屈強の若い殿上人たちに命じて、途中でそれを奪いかえさせる、ということが度々起こった。



ところである時、例によって天皇の負けとなり、寛蓮が金の枕をもらって退出し、いつものように若い殿上人たちがあとを追いかけて、その枕を奪い返そうとした。しかし、寛蓮はその枕を、道端の井戸に投げ込んでしまった。殿上人たちはあきらめて帰っていったから、寛蓮はしてやったりと小躍りして喜んだ。

のちになって殿上人たちが井戸に人を入れて、その枕を取り上げてみると、なんとその枕は木造りで、その上に金箔おとした代物にすぎなかった。つまり寛蓮は本当の金の枕をそっと隠し持って、用意した偽物の枕を、わざと井戸に投げ込んでいたのだ。

寛蓮は、その金の枕を少しずつ打ち砕いて、それをもとでに、仁和寺の東側に弥勒寺という寺を造った。天皇も「うまくだましたな」とお笑いになった。



ある日この寛蓮が、宮中を退出し、一条から仁和寺へ行こうとして、西の大宮大路を車で通っていた時に、きれいな女童が、寛蓮のお供をしていた童を呼び寄せて、何か言っている。寛蓮の童は車のうしろに来て「ほんのしばらくお話したいことがあるという方がおいでになるということでございます」と取り次いだ。寛蓮は、それを聞いて怪しく思ったが、結局は女童の言うがままに車をやらせた。

土御門と道祖の大路とのあたりに、簡素な門構えをした家がある。その前まで行くと女の童は「ここでございます」と言うから、そこで車を降りて門のうちに入った。とるに足りない小さな家だが、奥ゆかしく住みこなしている風情に見える。家に上がるとすだれのそばに、つやつやとふきこんだ碁盤がある。寛蓮が部屋の様子を眺めていると、すだれの中から、奥ゆかしげなかわいい女の声がして「どうぞこちらへお寄りくださいませ」と言うので碁盤のそばにすわった。

すると女が言うには「あなたさまは当代に並ぶもののない碁の名手と承っておりますので、どのような碁をお打ちあそばすのか、一度なりともお手合わせしていただけたらと存じておりました。

実はわたくしの父でありました者が、わたくしには少し碁の素質があると思い、少し打ってみよ、と言って教えておいて亡くなりました。以降、この遊びもさっぱりいたしませんが、あなたさまがお通りになることを耳に入れましたので、ついあつかましくも、お相手をしていただきたいと、このようにお呼びいたしましたわけでございます」

寛蓮はそれを聞くと笑いながら「面白いことをおっしゃる。それでどのくらいお打ちになられますか? 何目お置きになりますか?」と言って、好きな道だけに碁盤の前に行ってさっそくすわった。するとすだれの内側から、香がゆかしげに匂ってきた。寛蓮は、そこで碁笥(ごけ、碁石の入れ物)を盤から取り下ろし、一つを自分が取り、もう一つをすだれの中に差し入れた。すると「どうぞ二つともあなたさまのほうへお取り置きくださいませ、面と向かっては、恥ずかしくて碁など打てません」と言う。だいたいこの寛蓮という人は風流人なので「なかなか心にくいことを言うもんだ」と思った。

そうすると几帳のほころびたところから、長さ二尺ばかりの白い木の棒がするすると出て来て「わたくしの石はまずここに置いてくださいと言った。まだ互いの力がわかりませんので、わたしがまず先手ということにしましょう」という。続いて関連が打った。女は自分の番になると、木の棒で碁盤の上を指し示すから、それにしたがってかわるがわる打っていった。

そのうちいつしか乱戦となって、あっというまに寛蓮の石は、みな殺しになってしまった。まさかこの私が、こんな目に合うはずがない。その時寛蓮は、この女は人間ではなく変化のものであろうと思い、恐怖を覚えて布石を崩した。女は可愛らしく笑い声で「もう一番いかが?」と誘う。寛蓮は、こんな人間ともへんげとも知れない者に、口など聞いたら大変だと思い、自分の履いてきた草履もほったらかして、一目散に飛んで逃げると、車に乗って仁和寺へ向かった。

そして今あったことを報告すると、いったい何者だろうということになり、次の日、その場所に人をやって、様子を尋ねさせることになったが、もうそこには人ひとりいなかった。相手の女のことは、それきりになってしまった。



当時の人も「人間業で、どうして寛蓮を相手に、みな殺しになんかさせられるものか。これは変化のものが、相手をしに現われたのだ」などと疑って、口々に取りざたした、という話である。

(巻24第06話)