親子療法協会 ミサです
子供がまだ小さかった頃
すれ違う家族連れが羨ましくて仕方がなかった時期がある
小さな子供を連れた幸せそうな若い夫婦
何故、私には
一緒に日曜日を過ごしてくれる夫がいないんだろう
そして
年老いたお母さんの手を引きながら買い物をする母娘
何故、私には
優しい笑顔を向けてくれるお母さんがいないんだろう
自分だけが不幸を背負って生きてるみたいで
どんどんドンドン落ちていく
そんな日の夜は
決まっていつも同じ場所にいた
ちょうど時計の見えるリビングの片隅
もうすぐ24時になるのに帰って来ない元夫を待ちながら
壁に背中をつけて膝を抱えて座る
気がつくとよく涙がこぼれていた
仕事から帰ってこない母親を膝を抱えて待っていた子供の頃にワープしていた
きっと私
愛されたかったんだろうな
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自己紹介
・慰謝料、養育費なしの無計画離婚のあと13年間シングルマザーで極貧生活を体験。2人の子供を育てる
(元夫は消息不明)
・家業の後継者であるはずの兄が、母と絶縁。私が家業を継ぐことになる。と同時に会社の連帯保証人にさせられる
・離婚前に建てていた家の売却により母子扶養手当、児童手当など止まり生活困難に追い込まれ昼も夜も働く。(土地が私の名義であった。売却金は全額住宅ローン返済にあてて手元には一銭も入ってないが収入が増えたとみなされた)
・母に現在の夫を結婚したいと紹介。その席で突然、前触れもなく絶縁&クビを言い渡される
(20年以上努めた家業。退職金ゼロ)
・会社の借金の連帯保証人だからと借金500万を肩代わり
・貯金ゼロのシングルだったがこのまま負けてなるかと起業を決意(現実は準備期間ゼロの起業でグダグダになる)
・再婚相手の職場、実家へ殴り込んでやると母親に脅され、転居先が分からないよう住民票閲覧制限をかけ逃げるように再婚
・相談もなく父の墓の墓じまいされていた
・母が自叙伝を自主出版。私の住所を探し出し送りつけてくる。いかに子供を愛していたのかアピールがしてあった
現在、スタッフ6名の直営エステサロンを経営、グループ店の指導もしています。
振り返ってみると
死ぬ気になればこんな弱かった私でもなんとかなるんだなと思います
でも、流さなくていい涙は流さなくていいと思うので
私の体験が少しでもお役に立てれば嬉しいです

