ニューパルサーがデビューしたのは1993年の6月くらいだったろうか。
”パチスロ必勝ガイド”に先行導入された店の実戦データが載っていて、そのデータはえらく景気の良い物であった。
それが純粋に高設定であるが故のものだったのか、あるいは基盤が違ったのかはわからないが、とにかく”ノーマル機”らしからぬ出方をしていたと記憶している。
ちなみに、私の住む町にニューパルサーが本格的に導入され始めたのは7~8月であった。
あと数週間で夏休みに入ろうとしていた時期だったか、前期試験が終って秋休みに入ろうとしていた時期だったか、
いつものように学食で過ごしている時に、友人の”A”とパチスロの話になった。
その頃は、”A”も私もしばらくパチスロを打てていなかった時期で”パチスロ欲”が旺盛だったのだろう。話し始めて10分も経たないうちに”連れパチ”をしようという事になった。
ちなみに”A”は、高校時代に学校をサボって”モーニング”を獲りに行っていた悪い奴だ。
ついでに言わせてもらうと、私以上に女の子が大好きで毎日のように女の子を口説いていた。
”性獣”という呼び名がよく似合う、自身の欲により忠実な男の子であった。
決して悪口ではないので誤解のないよう。
そんなAと共に向かった先は駅前のパチンコ屋。
”数日前に新台が入った”という話を聞いていたので、
「どんなもんかな?」と偵察気分で行ってみる事になった。
Aの運転する車で10分弱、目当ての店に近づくにつれて”パチスロ欲”は更に高まっていく。偵察気分のはずが、打つ気満々100%。
そして、新台への期待と欲求が最高潮に達した頃に店に到着した。
その駅前のパチンコ店には何度か行った事があり、パチスロは”スーパープラネット”と”コンチネンタルⅡ”が設置されていた。
ちなみに私は”コンチⅡ”が大嫌い。
”ブッタカ音”、”ユニバ系ならではのハサミ打ち殺し”、”中段チェリーの1確目でシングルボーナス”。この三つが特に許せなかった。
中でも”ブッタカ音”は7がテンパイすると鳴るため、毎ゲーム”7”を狙うお客さんが隣に座ると正に”生き地獄”なのである。
コンチⅡを好きな方には申し訳ないが、消えて欲しい台NO.1であった。
その上、一度も勝った事が無いのだ。あんな台はマジでやってられない。
”スープラ”に関しては今でこそ好きだが、当時の私はあまりリーチ目を追究して打つタイプではなかった。
元々が”スーバニ”や”412”など、出目や出玉にインパクトのある台を好んで打っていたという事もあるだろう。ジワジワくるタイプである”スープラ”の良さを理解するには多少時間がかかった。
オーソドックスなリーチ目を楽しむために数千円打つ、当時の”スープラ”に対してはそんな感じのスタンスをとっていたと思う。
そんな私にとって、どちらの台が外されても何ら問題はなかったが、”パチスロのシマ構成がどうなったのか?”というのは新台入れ替え時の最大の関心事。
何とも言えぬ高揚感に包まれながらAと私は入店していった。
入店すると、まずスープラが見えた。
「おっ、コンチⅡが消えたか!」
そう思うのも束の間、スープラの背後の列にはコンチⅡがあった。”スープラ”と”コンチⅡ”が半シマずつ削られたようだ。
「コンチⅡ残っちゃったか。。。」
客もまばらなそのシマを、少し肩を落としながらも新台を目指して足早に通り抜けていった。
スープラ&コンチⅡのシマの中からでも見えていたが、新台のシマは明らかに客付きが違う。
台は勿論満席。台が空くのを待っている人も少なくない。
その何人かの肩越しにシマの様子を見ると、何とも”面の良い台”がそこはあった。
バランスが良く、安定感のある7絵柄。
可愛らしくも山佐の伝統を踏襲したカエル絵柄。
そして、黒いBAR絵柄を引き立てるような黄色いベル。
緑と赤がメインで、そこに黄色と黒が絡む。
打つ前にしてデザインと色使いに一瞬にして心を奪われた。これがニューパルサーか。
「早く打ちたい!」
「設定など関係無い!」
「ほらっ、誰か早く席を立って!」
養分丸出しの欲求が脳を支配する間もなく、私は”A”と共に空き台待ちの人々に混じっていた。
台が空くのを待つ間に幾度もBIGのBGMを聴いたが、その音の迫力にも圧倒された。
打つ前から既に虜である。
そんな私が立派な”ニューパルジャンキー”になるのは至極当然。
合コンの終盤に、”A”が女の子を連れて音信不通になるくらい当然の事であった。
”パチスロ必勝ガイド”に先行導入された店の実戦データが載っていて、そのデータはえらく景気の良い物であった。
それが純粋に高設定であるが故のものだったのか、あるいは基盤が違ったのかはわからないが、とにかく”ノーマル機”らしからぬ出方をしていたと記憶している。
ちなみに、私の住む町にニューパルサーが本格的に導入され始めたのは7~8月であった。
あと数週間で夏休みに入ろうとしていた時期だったか、前期試験が終って秋休みに入ろうとしていた時期だったか、
いつものように学食で過ごしている時に、友人の”A”とパチスロの話になった。
その頃は、”A”も私もしばらくパチスロを打てていなかった時期で”パチスロ欲”が旺盛だったのだろう。話し始めて10分も経たないうちに”連れパチ”をしようという事になった。
ちなみに”A”は、高校時代に学校をサボって”モーニング”を獲りに行っていた悪い奴だ。
ついでに言わせてもらうと、私以上に女の子が大好きで毎日のように女の子を口説いていた。
”性獣”という呼び名がよく似合う、自身の欲により忠実な男の子であった。
決して悪口ではないので誤解のないよう。
そんなAと共に向かった先は駅前のパチンコ屋。
”数日前に新台が入った”という話を聞いていたので、
「どんなもんかな?」と偵察気分で行ってみる事になった。
Aの運転する車で10分弱、目当ての店に近づくにつれて”パチスロ欲”は更に高まっていく。偵察気分のはずが、打つ気満々100%。
そして、新台への期待と欲求が最高潮に達した頃に店に到着した。
その駅前のパチンコ店には何度か行った事があり、パチスロは”スーパープラネット”と”コンチネンタルⅡ”が設置されていた。
ちなみに私は”コンチⅡ”が大嫌い。
”ブッタカ音”、”ユニバ系ならではのハサミ打ち殺し”、”中段チェリーの1確目でシングルボーナス”。この三つが特に許せなかった。
中でも”ブッタカ音”は7がテンパイすると鳴るため、毎ゲーム”7”を狙うお客さんが隣に座ると正に”生き地獄”なのである。
コンチⅡを好きな方には申し訳ないが、消えて欲しい台NO.1であった。
その上、一度も勝った事が無いのだ。あんな台はマジでやってられない。
”スープラ”に関しては今でこそ好きだが、当時の私はあまりリーチ目を追究して打つタイプではなかった。
元々が”スーバニ”や”412”など、出目や出玉にインパクトのある台を好んで打っていたという事もあるだろう。ジワジワくるタイプである”スープラ”の良さを理解するには多少時間がかかった。
オーソドックスなリーチ目を楽しむために数千円打つ、当時の”スープラ”に対してはそんな感じのスタンスをとっていたと思う。
そんな私にとって、どちらの台が外されても何ら問題はなかったが、”パチスロのシマ構成がどうなったのか?”というのは新台入れ替え時の最大の関心事。
何とも言えぬ高揚感に包まれながらAと私は入店していった。
入店すると、まずスープラが見えた。
「おっ、コンチⅡが消えたか!」
そう思うのも束の間、スープラの背後の列にはコンチⅡがあった。”スープラ”と”コンチⅡ”が半シマずつ削られたようだ。
「コンチⅡ残っちゃったか。。。」
客もまばらなそのシマを、少し肩を落としながらも新台を目指して足早に通り抜けていった。
スープラ&コンチⅡのシマの中からでも見えていたが、新台のシマは明らかに客付きが違う。
台は勿論満席。台が空くのを待っている人も少なくない。
その何人かの肩越しにシマの様子を見ると、何とも”面の良い台”がそこはあった。
バランスが良く、安定感のある7絵柄。
可愛らしくも山佐の伝統を踏襲したカエル絵柄。
そして、黒いBAR絵柄を引き立てるような黄色いベル。
緑と赤がメインで、そこに黄色と黒が絡む。
打つ前にしてデザインと色使いに一瞬にして心を奪われた。これがニューパルサーか。
「早く打ちたい!」
「設定など関係無い!」
「ほらっ、誰か早く席を立って!」
養分丸出しの欲求が脳を支配する間もなく、私は”A”と共に空き台待ちの人々に混じっていた。
台が空くのを待つ間に幾度もBIGのBGMを聴いたが、その音の迫力にも圧倒された。
打つ前から既に虜である。
そんな私が立派な”ニューパルジャンキー”になるのは至極当然。
合コンの終盤に、”A”が女の子を連れて音信不通になるくらい当然の事であった。