こんばんは、今日は夢のお話じゃなく考えたことを綴ります。

自己満足でしかない。

後悔はしていない。



ある日、猫が死んだ。


猫といっても直接的には関係なかった、何にも関係はなかった。

ただ、「死」がそこまで身近なのだと感じた。


名前も知らなければ飼い猫か野良猫かもしらないのに・・・胸に圧し掛かる重みはなんであろうか。


これは私が無意識に猫の死を悲しんでいるのか。


それはあの時の自分に聞かないと分からない。だが、過去の自分も自分でしかない。

この重みは一生をかけても分からないまま、私も一生を全うする。


こうして知らない間に産まれた「謎」は「謎」のまま。


私は産んだ謎を放置して新しい謎と産む。


これは摂理とも言った方がいいのか。


世界中の人間たちが今も謎を解き明かそうとしてる。


人体の謎、生体の謎、歴史の謎。


人間は常に謎におおわれている。


私が今までに「謎」という言葉を打ち続けたのかもわからなければ「謎」になる。



人間は謎を産み、謎は人間と新しい謎を産む。


きっと、遥か先の未来の辞書から「謎」という言葉は消えないであろう。


発見も謎を産む理由になる。


この世界から「分からない」というのは消えないだろう。


解明される喜びもあれば恐怖もある。



触れてはいけないタブーの存在もある。



ここは謎の海なのだ。



なぁんてことをよく、授業中や読書中に考えています。

中2病もいいところですね(^∇^)