こんにちは

 

最近は少なくなりましたが、戦前の新聞には怪異に関する記事がたくさんありました。民俗学者の湯本豪一氏が編集した『怪異妖怪記事資料集成』四巻(国書刊行会)が決定版とでもいうべき大著なので、そこから拾ったものをご紹介します。なお、読みやすくするため、意訳したものになります。

 

◇       ◇       ◇       ◇       ◇

 

仏蘭西で有名な霊媒の写真

          大正11年10月6日 / 二六新報

 

 <前回(65回)と同日同紙に載った記事になります>

  この第1図(どこ山註:新聞記事には写真が掲載されている:同じと思われる写真を載せます)はエヴァというフランスの有名な霊媒の写真である。彼女についてはビゾン夫人、性欲学者として有名なシュレンク・ノッチング博士及び神霊学者グスタフ・ゲレー博士等のそれぞれの研究がある。ゲレー博士が1年有半の研究によると彼女は別に特定の実験室も必要としない。ただ光線さえ遮る場所であればよいという。この霊媒を暗い一室において、三十分ないし一時間静かにしていると催眠状態に入ったのち彼女は苦痛を訴えウンウンと婦人が子供を産む時の陣痛のごとくうなり出す。それが最高潮に達する時うめきが止んで彼女の右の襟元に巨大な光のある流動体が現われ大きくなったり小さくなったり約四十五分乃至一時間ちかくその状態が続くのである。時々この光が現われないことはある。この予顕現象は彼女の口から出る時が、一等観察に便利である。その光物は一種の粘土あるいは糸を束ねたようなものである。

 最も奇観を呈するのはうすい膜様のものとして広がりやがて西洋婦人の顔の上に冠る網のように美しくなる時である。その光物の色は白・黒・灰色の三色で、白色が最も多くみられる。それに手を触れると一種異様な感触があり、柔らかく時にはヌメヌメしたり、網状になった時は糸にふれるというかクモの巣にふれるというか、何とも形容できぬ感じがするのである。この光物は非常に敏感でそれに手など触れると霊媒は苦痛を感じるらしいそして光線に対しても非常に敏感で光があたると霊媒に苦痛を与えるのである。光線にあてても消滅はしない。真昼の太陽でも耐えることはできる。かくしてこの光物は霊媒の胸の辺りや肩や頭を大きく時には小さく速かったり遅かったりして狐火の如く明滅しながら運動する。やがて婦人の姿となっていく。顔だけでなく、時には手足も現れる。

 ゲレー博士の実験記録には「私は幽霊の指に触れた。それは普通の人の指に触れるのと一緒である。しかも骨と爪のあるのを感じた。頭髪はざらざらとして普通の髪と変わらなかった。しかし自動力はないようだった。消滅に際しては網様になって霧散した」これは日本などの幽霊と異なり、あまりにも人間的な像が現われるのである。これが真なるか否かは記者の感知するところではない。ただ挿入した写真は多くの斯界の学者が立ち会ったものであることを付記しておくので、事足りるであろう。

 

▲エヴァ・カリエールのエクトプラズムとされる写真。撮影者はアルベルト・フォン・シュレンク=ノッチング(1912年)   ※Wikipediaよりお借りしました


◇       ◇       ◇       ◇       ◇

 

 当時、エヴァ・カリエールは20世紀はじめのパリで話題をさらった存在だったそうです。エヴァの父はフランスの軍人でした。ノッチング博士がアルジェリアを訪れた際、駐留していたフランス軍の将軍の交霊会で二人は出会ったそうです。以来、フランス国内で博士とエヴァの実験は続けられます。中にはトリックもあったようですが、解明できていない現象もあったようです。

 どのような実験だったか、1913年5月、パリで行われたものを(孫引きですが)ご紹介しましょう。ノッチング博士が主宰で、ビッソン夫人も立ち会っています。施錠された部屋で身体には何もつけず、黒い布だけ被ります。黒いカーテンで囲われた暗室のようなものが設けられます。その中を赤色燈で灯し、複数のカメラで撮影できるように配置します。暗室の中に入ったエヴァが催眠状態からトランス状態になり、30分ほどたって白い光る玉が顔の横に出て苦しみだします。やがて白い影が出てきて男の姿になります。白衣を着たその男は以前もエヴァが呼び出した「ドルスミカ」という人物でした。これがエクトプラズムだったようです。

 彼女の存命中から真贋論争があったそうですが、エヴァは1943年に死去し、結論は出ていません。もしトリックであれば、証明する人が出てほしいところですね。

 

注1.    二六新報

 1893~1940 明治中期から昭和にかけて、東京で発行された大衆紙です。明治後期から大正前期にかけては『萬朝報』『やまと新聞』などの競合紙と激しい競争を繰り広げましたが、昭和に入ると低迷し、1940年(昭和15年)、日中戦争に伴う戦時統制で強制的に廃刊となっています。
注2.    エヴァというフランスの有名な霊媒

 エヴァ・カリエール(1886-1943)のことです。1911年に発現し、フランス人で史上最も傑出した霊媒といわれました。出身はアルジェリアです。
注3.    ビゾン夫人

 推測ですが、エヴァの養母で心霊研究家でもあるフランス人のジュリエット・ビッソン夫人のことと思われます。
注4.    性欲学者として有名なシュレンク・ノッチング博士

 アルベルト・フォン・シュレンク=ノッチング博士はドイツの神経科医、性心理学者、催眠術研究家で、男爵でもありました。エヴァ・カリエールを調査対象とし、エヴァの起こした物質化現象を本物と認めたことでも知られます。
注5.    神霊学者グスタフ・ゲレー博士

 ギュスターブ・ジェレ(1868-1924)のことと思います。フランスの心霊研究家で、リヨン大学を首席で卒業し、エクトプラズム研究を熱心に取り組みました。パリ国際心霊研究所所長。航空事故で亡くなっています。
注6.    その光物

 現代では「エクトプラズム」と呼ばれます。フランスの生理学者シャルル・ロベール・リシェが名づけました。リシェはアナフィラキシーショックの研究でノーベル生理学・医学賞受賞者を受賞した人物です。
 

▲心霊写真 エドゥアール・ビュゲー作 偽作と言われている ※Wikipediaよりお借りしました

 

●参考文献

湯本豪一編

『明治期怪異妖怪記事資料集成』2009年・国書刊行会

『大正期怪異妖怪記事資料集成』2014年・国書刊行会