こんにちは

 

最近は少なくなりましたが、戦前の新聞には怪異に関する記事がたくさんありました。民俗学者の湯本豪一氏が編集した『怪異妖怪記事資料集成』四巻(国書刊行会)が決定版とでもいうべき大著なので、そこから拾ったものをご紹介します。なお、読みやすくするため、意訳したものになります。

 

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銀杏の祟り

  大正11年9月7日 / 東京毎日新聞

 

 三田小山町一番地の一角、ちょうど中の橋停留場から一の橋停留場の間にある家では、今年の一月から今月に入って八九軒で続けざまに戸主ばかりバタバタと死んでいく不思議に、住民は何とはなしに恐怖におそわれている。まだどこか迷信が抜けきれぬ日本人の特色として「何かの祟りではないか」と、そこから逃げ支度をする者もあるが、自分の所有する土地であったり、色々な都合でそこから移転できぬ家もあり、やがて死神が自分たちにも魔の手を伸ばしてくると、神経を悩ましてそれがために病気になるのではないか、と気をやんでいる。
 最初はその付近でも有名な大きな銀杏の木がある蕎麦屋の主人が死に、次が氷屋の主人、三番目が砥石屋、四番目が飯屋といった順序でズラリと九軒も忌中の家が並ぶというわけで、最近では菓子屋の息子で十九になるのが月橋で舟遊び中に溺死するというので、ついに住民が寄って相談し、易者を五六人よんでみる運びとなった。すると銀杏の木の祟りだという。それについて付近の長老が語るのを聞くと、明治維新の頃に一番地の相馬さんの屋敷、今の専売局の角に大きな雄銀杏が立っていた。死んだ蕎麦屋にある銀杏は雌で、そのあたりは小さな大名屋敷だった。誰が言い出したのか、夫婦銀杏だと言って雄の霊と雌の霊とが互いに恋に落ちて、人家の寝静まる真夜中になるとそっと手を握りあって楽しい甘い物語に耽るのだと言った。それからいつだったか、専売局が建つので雄銀杏だけ切られてしまった。その祟りじゃないかという。突然、雄を失い失恋に悩む雌の霊と雄のうかばれない死霊が付近の人々に祟るのだという評判になっている。現代にそれを信じて恐ろしがる住民がいるのも妙だが、とにかく珍しい大正の怪談である。

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 新聞記事には、狸や狐が出た、大入道を見た、蛇の子を産んだという話題が数多くあります。そして木の祟りも多いです。これまでに扱った「33.神座山の怪事」「39.海軍に祟る椿」「40.御行の松」も木に関わるものでした。昨今の“山の怪談ブーム”で山岳の怖い話が沢山ありますが、山には入ってはいけない日があって、その禁を破って木を伐ると必ず凶事が起こるといった話もあります。
 銀杏は雄と雌がはっきりしています。これは落果するのが雌なので、判別が容易なわけです。そこから夫婦であるとか恋仲であるとかといった話が成立しやすいのかもしれません。

 

▲銀杏の葉 撮影:James Field ※Wikipediaよりお借りしました

 

注1.    三田小山町一番地

旧芝区の町名です。現在の港区三田一丁目になります。一帯は高い場所なので小山とよばれていました。南側にあった三田久保町・久保三田町、三田当光寺門前・三田龍原寺門前を合併して成立します。明治五年に北側の旧武家地と寺社敷地を合併しました。旧武家地は筑前秋月藩黒田家上屋敷、大和郡山藩松平(柳沢)家下屋敷、丹波柏原藩織田家物揚場でした(東京市史稿)。
注2.    中の橋停留場から一の橋停留場

都電(東京市電)34系統は当時は天現寺橋から金杉橋まで走っていた路線でした(後に延伸)。現在もある中の橋から現在の麻布十番駅あたりまでのエリアです。
注3.    月橋  

該当しそうな地名がなく、月島の誤りかと思いますが、調べます。
注4.    相馬さんの屋敷

相馬中村藩主邸は現在の落合にあるおとめ山公園にありました。江戸時代には中屋敷が六本木二丁目(現アメリカ大使館)にありましたが、少し距離があります。別の相馬さんかもしれません。

〖6/28補記〗旧赤羽町、小山町は久留米藩有馬家の屋敷でした。相馬ではなく有馬なのかもしれません。現在は東京都済生会病院があります。
注5.    専売局  

専売事業は、国家が財政収入を増加させるために特定物資の生産・流通・販売などを法的に独占する事業のことです。日露戦争の戦費を補充する目的で、明治37(1904)年3月には煙草専売法が公布されて以来、その品目は塩、樟脳、アルコールに広がりました。芝には1909年(明治42)に設置されました。

 

▲中の橋の周辺        ※GoogleMAP

 

●参考文献

湯本豪一編

『明治期怪異妖怪記事資料集成』2009年・国書刊行会

『大正期怪異妖怪記事資料集成』2014年・国書刊行会