こんにちは

 

最近は少なくなりましたが、戦前の新聞には怪異に関する記事がたくさんありました。民俗学者の湯本豪一氏が編集した『怪異妖怪記事資料集成』四巻(国書刊行会)が決定版とでもいうべき大著なので、そこから拾ったものをご紹介します。なお、読みやすくするため、意訳したものになります。

 

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東京七不思議

  大正7年8月3日 / 国民新聞

 

当選発表 応募総数四百余り

 先日二十五日をもって締切りを告げた東京七不思議は応募、総数四百六種、応募者321名により、そのうち58種を選び幾たびかふるいをかけて、結果左の7種の当選を見ることになりました。いずれも不思議な事実ばかりで、夏の夕涼みの話材としてかなり大きなものと存じます。
(一)    駒込の聾地蔵 京橋南伝馬町2-1 古沢信
(二)    小石川の怪鳥 小石川九堅町97 前田達男
 同事のものもあるも先着かつ内容豊富なるにつき、この方を採る
(三)    神田の“落弁慶” 神田柳町4 中村平三郎
(四)    愛宕下“夜半の雫” 芝愛宕下町4 城南隠士
(五)    麻布“框の鉋” 麻布本村町192 増田富士雄
(六)    湯島の“乳房銀杏” 本郷湯島4 天神 髯
(七)    砲兵工廠の“四月十七日” 神田仲猿楽町14 矢筒信次郎
右 当選七不思議の噺は、明日の紙上より順次掲載していきます。なお選外の中にも怪奇を極めたる噺もありますから、それらも次々掲載します。
 

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 大正時代はデモクラシーの自由な気風、大衆文化が発展した時期でした。ある意味で退廃的なムードもあり、怪談ブームも起こったのです。新聞社が怪談のページや募集をすることもありました。これは東京の「七不思議」を募集するものです。江戸には本所七不思議をはじめとして、数々の七不思議がありました。「大正版」のものを作らんということでしょう。応募者の名前を見ても、ペンネームの方がいたことがわかります。
 ちなみに江戸の七不思議には、「江戸城」「番町」「麻布」「品川」「千住」「馬喰町」などがあります。
 

▲『本所七不思議之内 置行堀』三代目 歌川国輝・画 ※Wikipediaよりお借りしました

 

注1.    国民新聞 
1890-1942 明治23年、徳富蘇峰が創刊。 平民主義を標榜しましたが、次第に国家主義に転じ、関東大震災以後は赤字経営に苦しんだそうです。昭和17年「都新聞」と合併、「東京新聞」となりました。
注2.    駒込の聾地蔵
 【不可思議】新聞記事から拾う怪異《42》に掲載しました。
注3.    小石川九堅町  
久堅町こいしかわひさかたちょう 1869~1966年 現在の小石川3~5丁目 江戸時代前期に鳥追いが住む非人小屋なども並ぶ谷あいの町屋があったそうです。明治からは印刷業を営む人が増え、共同印刷となる博文館印刷所もここから。桜の名所である播磨坂があります。
注4.    神田柳町  
1869~1933年 現在の神田須田町2丁目の一部。神田小柳町とは別になります。
注5.    愛宕下  
芝愛宕山の麓のことを言います。愛宕山は天然の山としては23区内で一番高い山(25.7m)です。江戸開府の折には防火のために愛宕神社を勧請し、男坂は曲垣平九郎の馬術で有名な出世石段の別名があります。1925年(大正14)東京放送局(NHKの前身のひとつ)がラジオ放送を発信、今は放送博物館があります。山下は寺院が多く、武家屋敷もありました。
注6.    麻布本村町  
あざぶほんむらちょう 江戸期~1966年 現在は南麻布1~4丁目と元麻布1・2丁目 麻布村の中心であったとされることから本村といわれています。明治期より高級住宅地となっていきます。
注7.    乳房銀杏  
乳の出がよくなるように祈願する「乳信仰」は全国にあります。銀杏は気根と呼ばれる幹から垂れ下がる枝状の根が乳房を連想させるため、樹皮を煎じて飲むと乳の出がよくなると言われることが多かったそうです。江戸では善福寺の逆さイチョウ、市川葛飾八幡宮の公孫樹(天然記念物)、南千住素戔嗚神社の子育て銀杏などが有名です。
注8.    砲兵工廠  
大正7年時は小石川の旧水戸藩邸敷地にありました。
注9.    仲猿楽町  
正しくは中猿楽町なかさるがくちょう 1872~1934年 現在の神田神保町2丁目の一部、西神田1・2丁目の一部 江戸時代までは武家屋敷が多く、町名がありませんでしたが、能楽の観世太夫と一座の住居があったことから「猿楽」の町名となりました。
 

●参考文献 

湯本豪一編

『明治期怪異妖怪記事資料集成』2009年・国書刊行会

『大正期怪異妖怪記事資料集成』2014年・国書刊行会