こんにちは

 

最近は少なくなりましたが、戦前の新聞には怪異に関する記事がたくさんありました。民俗学者の湯本豪一氏が編集した『怪異妖怪記事資料集成』四巻(国書刊行会)が決定版とでもいうべき大著なので、そこから拾ったものをご紹介します。なお、読みやすくするため、意訳したものになります。

 

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千里眼で大鉄山発見

  大正6年3月13日 / 小樽新聞

 

 後志国の久遠、太櫓の二郡にまたがる二万八千坪、二十八鉱区の未曽有の大鉱山が千里眼の透視によって発見される。透視者は東京市本所区小泉町、永井房五郎といい、昨年八月に透視したのを、実地調査しようと九月に板垣京太郎と共に二十日間にわたり調べた結果、大鉄山を発見、永井ほか七名にて試掘を札幌鉱務所に出願するとともに枝光製鉄所、呉海軍工廠に鉱石を送り、分析を求めたところ成績良好にして鉄51%を含有していることがわかった。鉱務所の調査を経て、二月二十七日に三鉱区での試掘が許可され、四月の融雪後の好機を待ち、着手すべく目下準備中である。

 

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 怪異譚としては「千里眼」について書くべきですが、記事には具体的な内容は書かれていません。鉄の採れる鉱山が見つかっただけの話です。ちなみに良質の鉄が出たということですが、このエリアで大鉄山は発見されていないので、千里眼は“空振り”だったようです。日本列島は良質な鉄鉱石が巨大鉱脈としては出ておらず、製鉄は現在も世界トップクラスですが、鉄鉱石は輸入に頼っています。
 

▲後志を代表する羊蹄山  ※©フリー素材サイト「ぱくたそ」さんからお借りしました

 

 永井房五郎は調査中ですが、今のところわかりません。板垣京太郎は、いわゆる山師だと思われます。山師は①鉱脈の発見・鑑定や鉱石の採掘事業を行う人②山林の買付けや伐採を請け負う人③投機的な事業で大もうけをねらう人。投機師④詐欺師。いかさま師(デジタル大辞泉)。最近は詐欺まがいの投機で鉱脈探しはあまり聞きませんが、一昔前はあったのでしょう。
 千里眼は1909年(明治42)に起こった「千里眼事件」で世間に知られることになりました。熊本出身の御船千鶴子や丸亀に居た長尾郁子らが、東京帝国大学の福来友吉や京都帝国大学の今村新吉らの一部の学者とともに“巻き起こした”ものです。公開実験などで完璧な結果を出せないことやマスコミが面白おかしくとりあつかったことから、二人は追い込まれ、悲劇的な最期を迎えてしまいました。福来博士も東大から追われ、オカルト研究に嵌まっていきます。映画『リング』に出てくる山村貞子やその母のモデルが御船千鶴子であると言われており、現代では貞子が認知度の高いキャラクターとなっていることから、イメージしやすい状況になっています。
 鉱脈の位置が千里眼でわかるのかどうか、疑問符しか出てこないのですが、結果は大鉄山があったという記録がないので、千里眼は失敗したことになりますね。永井房五郎の名前が出てこないのも仕方ないと言えそうです。
 

▲御船千鶴子さん  ※Wikipediaよりお借りしました

 
注1.    後志国  
しりべしのくに。戊辰戦争終結直後に制定された日本の地方区分の国の一つ。1869年(明治2)に領域が制定、17群からなるエリアだった。現在は後志総合振興局・檜山振興局管内の大半になっています。久遠(クドウ)と太櫓(フトロ)はそのうちの二郡でした。
注2.    本所区小泉町  
1696年(元禄9)、両国回向院北方に起立。町名は小泉某という開発者の姓に因むそうです。1889年(明治22)5月、東京市本所区に所属。1929年(昭和4)、帝都復興計画の一環により、東両国二~四丁目に編入となり消滅。現在の墨田区両国二~四丁目が該当します。
注3.    永井房五郎  不詳です。
注4.    板垣京太郎  不詳です。
注5.    札幌鉱務所  
1913年(大正2)鉱山監督署が鉱務所となりました(所管は農商務省)。当時は札幌市北6条西5丁目にありました。
注6.    枝光製鉄所  
八幡製鉄所のことです。設立当初はただ「製鉄所」と呼ばれていたため、地名から通称「枝光製鉄所」と呼ばれていた時期がありました。
注7.    呉海軍工廠  
広島県の呉市にあった日本の海軍工廠のことで、ドイツのクルップと並び、世界有数の兵器工場でした。軍艦建造はもちろん、研究も盛んで製鋼部は鋼材研究の国内最先端をいっていました。度重なる空襲で壊滅的打撃を受けました。呉は映画『この世界の片隅に』(監督:片渕須直、原作:こうの史代、2016年)の舞台になりました。
 

●参考文献 湯本豪一編『明治期怪異妖怪記事資料集成』2009年・国書刊行会

        同  『大正期怪異妖怪記事資料集成』2014年・国書刊行会