こんにちは

 

最近は少なくなりましたが、戦前の新聞には怪異に関する記事がたくさんありました。民俗学者の湯本豪一氏が編集した『怪異妖怪記事資料集成』四巻(国書刊行会)が決定版とでもいうべき大著なので、そこから拾ったものをご紹介します。なお、読みやすくするため、意訳したものになります。

 

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土手町の化物屋敷

明治43年11月7日 / 九州日報

 

 今より10年前までは福岡の土手町といえば、片側に土手の繫みが生い茂り、昼でも人通りがないところだった。そこには町の半分を占めるぐらい大きな屋敷跡があった。その一部は今の裁判所の敷地であった。その屋敷の内側にひょろひょろとした松が四五本あったのだが、雨の降る夜になると枝に馬の脚がぶらさがっているのだという。誰もが化物屋敷だと言って借りる者もおらず、長いこと空き家であった。まれに借り手があっても四五日で出てしまう。

 

 

▲福岡城辺り(明治41年)

↑《引用先》福岡県立図書館デジタルライブラリー 転用はおやめください


 父の知人の常盤という陸軍大尉がいて、どこぞよい家はないかとさがしていて、父は冗談半分で土手町の化物屋敷の話をした。すると大尉は興味を持ち、借りることを決めてしまった。十日ぐらいして大尉が訪ねてきて、何も起きないぞと自慢げに語ったのだが、それから四五日した時だった。夕飯の席、大尉夫婦、子供3人、下女1人で団らんしていると末の娘(4歳)が「父さん・・母さん・・」と順番にそこにいる人を指さしながら数え始めたのだが、長姉と下女の間を指さしながら宙に向かって「お化け」と言う。大尉はもう一度数えることを命じるが、また「お化け」を数える。他の者には見えていない。翌日、台所で水仕事をしていた下女が悲鳴を上げ卒倒した。気がついた下女の話によると、水を汲もうとしたら水甕の中に髪を振り乱した真っ青な生首が歯を食いしばって浮いていたのだという。さらに翌日、今度は細君が卒倒した。下女が言っていたのと同じ生首を見たという。家族は引越ししようと言うのだが、大尉は承知しない。
 ある夜の丑三つ時、大尉は厠に行くために起きた。厠に行くには空き部屋の二十畳もあるところを通らねばならない。手燭を持って襖を開けると真暗な広間一面に幾百という数限りない人の手先のみが血まみれで動いている。かたまった大尉が立ちすくんでいると、手はすべて散り散りに去っていった。さすがの大尉も引っ越したという。遺憾なことに何故こんなことがおきるのか、かいもくわからない。
 

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明治から大正にかけて、新聞記事で取り上げられた怪異には化物屋敷系が多いのです。維新によって城下町にあった多くの武家屋敷が主を失い、空き家となったことが主たる要因と思われます。徐々にそうしたお屋敷が減り、それにともない話も減っていきます。

 

子どもに視えて、周囲の大人はわからない話は現代にもあります。あるアイドルは子どもの頃、“人間ではないもの”を集めて絵本の読み聞かせをしていたなんて語ってました。もちろん周囲の大人には視えていなかったわけです。常盤大尉の長姉と下女はさぞや怖かったことでしょう。

 

▲上記地図を拡大したもの 土手町

↑《引用先》福岡県立図書館デジタルライブラリー 転用はおやめください

 

注1.    土手町 福岡市中央区のホームページには「春吉校区は、那珂川西側沿いに南北に連なる細長い地域で、江戸時代は藩士たちが住み、当時の組屋敷の名残から、横筋に一番丁から七番丁の町名や那珂川沿いに土手が築かれていたところから、土手町などの町名があった。現在は、渡辺通りを中心にビジネス街を形成し、夜は中洲に隣接するネオンきらめく街でもある。林立するビルの谷間には、戦前からの家並みが軒を連ねており、人情味あふれる下町の情緒も残している。」と書かれています。1964年に住居表示変更、現在の大名1丁目〜2丁目・赤坂1丁目・天神1丁目〜5丁目になりました。かつて「土手町拘置所」「福岡鉱山監督署」もあった場所です。
注2.    裁判所 かつて土手町の西寄りにありました。現在は福岡市中央区役所、ゆうちょ銀行福岡貯金事務センターなどが建っています。
注3.    陸軍大尉 当時、陸軍は福岡城内に駐屯していたので、近い土手町に住むのは便利だったのだろうと推測できます。
注4.    下女 お手伝いさん、ホームヘルパーのこと。現代は使わない言葉です。
 

◆注はどこ山が調べたものです

 

●画像データ引用先

福岡県立図書館デジタルライブラリー
https://adeac.jp/fukuoka-pref-lib/top/
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●参考文献 湯本豪一編『明治期怪異妖怪記事資料集成』2009年・国書刊行会