こんにちは

 

最近は少なくなりましたが、戦前の新聞には怪異に関する記事がたくさんありました。民俗学者の湯本豪一氏が編集した『怪異妖怪記事資料集成』四巻(国書刊行会)が決定版とでもいうべき大著なので、そこから拾ったものをご紹介します。なお、読みやすくするため、意訳したものになります。

 

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役者の怪談(6) ~菊五郎がモデルとした幽霊の話

明治42年9月2日 / 都新聞

 

 六代目菊五郎が幽霊をモデルとした話である。
 七月歌舞伎の演目「新皿屋敷」でお蔦をやることになった菊五郎だが、その時に参考にした話がある。ある老人が夜半にトイレに行くと、妾だったお房が立っている。彼女は先日、亡くなったばかりで、おかしなこともあるものだと思っていると、二本足もちゃんとある。呼びかけると頭から消えはじめ、最後に足が残り、それもやがて消えた。(ふつう幽霊は足がないのに)これはおもしろいということで、この話を参考にしてお蔦を演じたという。
 

 三代前の三代目菊五郎の話も残っている。
 元女郎屋に住んでいた道具方の男が経験した話。ある夜、はしご段に男が背中を向けて座っている。男は石持ちを着ている。はしごを上がらないと厠に行けないので、思い切って(幽霊の体を)すり抜けると何の抵抗もなかった。男はやがて消えた。これを聞いた三代目菊五郎は石持ちを着て演じることを思いつき、実行したという。
 

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役者さんの怖い話は多いのですが、演技や化粧など役者自身が工夫をするため、参考にしたものもあります。上記の二題もそれにあたります。幽霊の足はない、というのは一説には丸山応挙の作画上の演出であるという話が有名ですが、確たるものではないようです。実際、牡丹灯籠のお露は足が描かれるものがあったりします。よくよく考えてみれば、下駄の音が効果的に使われる怪談は、足がないと都合が悪いかもしれません。昨今の「実話怪談」では、生きている人間と寸分たがわぬ姿で出てくる話も多いですね。

 

▲六代目尾上菊五郎『春興鏡獅子』彌生 Wikipediaよりお借りしました

 

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注1.    六代目尾上菊五郎(1885-1949) “当代きっての名人”とうたわれた歌舞伎俳優です。初代中村吉右衛門とともに、いわゆる「菊吉時代」の全盛期を築き、歌舞伎界で単に「六代目」と言うと、通常はこの六代目尾上菊五郎のことを指します。有名な辞世の句は「まだ足らぬ 踊りおどりて あの世まで」。
注2.    「新皿屋敷」  歌舞伎の演目、正式には『新皿屋舗月雨暈~魚屋宗五郎』といいます。謀で殺された妹の死を悼み、宗五郎は泥酔して奉公先に乗り込む話。お蔦は妹で妾奉公にあがった旗本屋敷で惨殺されます。酒を断っていた宗五郎は浴びるように酒を飲み、お屋敷へ向かいます。終いは旗本が詫び、謀をした悪侍も捕まるというあらすじです。
注3.    石持ち  着物の用語としても知られており、家紋を入れるため あらかじめ円形に染め抜いてある部分、あるいはそうなっている羽織などを指します。

 

◆注はどこ山が調べたものです

 

●参考文献 湯本豪一編『明治期怪異妖怪記事資料集成』2009年・国書刊行会