こんにちは

 

最近は少なくなりましたが、戦前の新聞には怪異に関する記事がたくさんありました。民俗学者の湯本豪一氏が編集した『怪異妖怪記事資料集成』四巻(国書刊行会)が決定版とでもいうべき大著なので、そこから拾ったものをご紹介します。なお、読みやすくするため、意訳したものになります。

 

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汽船の幽霊 霧深く波高きオコツク海

明治43年11月8日 / 中国新聞

 

宗谷海峡を越えた新領土樺太の北の方には渺茫たるオコツク海が広がる。霧多く、五月から九月は漁船が行くが、近頃幽霊に悩まされている。東洋物産の第一金丸の船長が体験した話である。

 

ある夜、いきなり小石大の雹が甲板に降り注ぎ、女のギャーという声が聞こえてきた。みな真っ青になっていると大きな火の玉がマストの頂に飛びついたかと思えば離れるを繰り返している。それは夜が明けるまで続いた。

 

後日、他の漁船の漁師に聞いたところでは、一昨年に横浜の芸妓だった小蝶という女がロシア人に落籍されたが、気を許さないため腹を立てたロシア人夫がオコツク海上で斬り殺し、投げ捨てたのだという。その魂が日本の船を見るとなつかしさで出てくるのだということだった。

 

 

▲オホーツク海 左が冬、右夏 サハリン(樺太)の南半分が日本だった

Wikipediaからお借りしました

 

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帆船の時代から海の怪異は多いです。船幽霊、海坊主、クラーケン、セーレーン、あげれば枚挙にiいとまがありません。船幽霊などは死んだ人が怨霊と化し、命を取らんとするものです。この話は死んだ女性がなつかしさで出てくるという悲しいものでした。彼女もいつか怨霊になってしまうのでしょうか。

 

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注1.オコツク海  オホーツク海

注2.  新領土樺太  日露戦争のポーツマス講和条約にて樺太の南半分が日本領になりました。調印は明治38年、5年前のことであり、そのため「新領土」と書かれたのだと思われます。

注3. 東洋物産  調べましたが、よくわかりませんでした。現在の東洋物産とは関係ないようです。

注4. 落籍  身請けのこと。お客さんである男性が気に入った芸妓を指名して仕事を辞めさせることを言います。外国人の身請けは珍しいことではなく、有名な「モルガンお雪」も明治38年に身請けされています。モルガンお雪は本名加藤ゆき、アメリカの大富豪、J.P.モルガンの甥であるジョージに求婚され、結婚した人です。本妻であり、正式な結婚でしたが、アメリカの国籍は排日法のために得られず、帰国、渡仏した後ジョージと死別するなど苦労を重ねました。東京五輪をひかえた昭和38年、京都で逝去、81歳の波乱に満ちた一生でありました。

 

▲洋装したお雪 Wikipediaからお借りしました

 

◆注はどこ山が調べたものです

 

●参考文献 湯本豪一編『明治期怪異妖怪記事資料集成』2009年・国書刊行会