おひとりサマーばけーしょん

おひとりサマーばけーしょん

自己満足日記。ミュージカル、ピューロ、旅行のことがメインです。

2025年、もう何があったかあんまり覚えておりませんにっこり

半年間ずっと試験勉強してたからなのか、年のせいなのか……

家族旅行、個人旅行と出張がすごいハイペースであって、人生で一番遠出した年かもしれません。
あまりにハイペースすぎてブログに書くのが全く追いついておりませんが真顔


ピューロの方は、ミラギフが終わったのと、ピューロのポチャッコのお姿が変わったのが個人的ビッグニュースでした。

数年前からもう年パス買うのやめようかなと毎年考えているのですが、今年はミラギフも終わるしパレードに八幡先生が関わらなくなったからいよいよ年パス更新も終わりかな…と思いながらも、「でもクエワンだって最高かもしれないじゃないか」と結局更新。結果大正解だったのでよしニコニコ

年末ようやくまともに姿を見ることができたダニエル氏。

抽選でチケット当たってよかった。
一般先着販売は仕事休まないとチケット買えないので……

クエワン、何回か見るうちに段々「この曲好きー」とか「このシーンいいな」というとこが増えてきて楽しいです。


来年もよろしくお願いします。
国立ハンセン病資料館で見たもの、知ったことを思いのまま書いております。気をつけて書くようにはしているのですが、万が一不適切な表現などありましたら申し訳ございません。




先日矯正展に行った際、同じ建物で人権啓発イベントをやっていました。

正直そういったイベントには興味がなかったのですが、通りすがりに義足や手足の不自由な人の補助具が展示されているブースがあり、気になって入ってみることに。

そこは、ハンセン病に関する紹介を行うブースでした。
貰ってきたパンフレット。
ハンセン病資料館の方の表紙は点字が付いていました。

展示スペースはハンセン病の方が使っていた装具の展示の他に、ハンセン病の方が入所する多磨全生園の現在の様子や過去の写真が貼られていました。

ブースがそんなに広くなかったこともありじっくりと展示を見ることができず、その日はただ「そういう場所があるんだなー」くらいの気持ちで帰宅しました。

大変お恥ずかしながら、ハンセン病患者さんがどのような差別を受けていたのかという知識が私にはほとんどなく、授業で習った基礎的な病状や、子どもを産むことすら許されなかったというぼんやりとした知識だけがありました。


家に帰ってじっくりとパンフレットに目を通したりネットで調べたことで、ハンセン病患者さんが強制的に施設に入所させられていたこと、施設の中でも自由は無く酷い扱いを受けていたこと、法律が変わったのや患者さんが国に裁判を起こしたのはわりと最近になってからということを知り驚きました。

もっと深くハンセン病の歴史を知りたいと思い、東村山市にある国立ハンセン病資料館へ足を運びました。


新秋津駅から歩いて20分くらい。
道中は閑静な住宅街で、途中川や林なんかもあってとても穏やかでした。


お遍路の親子の像。
何故この施設の前にこのような像があるのか、解説を読んで大変納得しました。自分の知らない世界がある……


入館するとタブレットが置いてあり、そこに自分の年齢や今日の交通手段、来園の目的など回答してから、奥へ進みます。

コインロッカーに荷物を預けて、2階のメインの展示場へ。

平日の朝一で行きましたが、館内は10人くらいの様々な性別・年代の来館者がいました。

メイン展示のところは私が行った時には誰もおらず、ゆっくり静かに見られるぞーと思ったら、途中で校外実習の小学生集団が元気にやってきました笑ううさぎ

突っ立って展示見てたら意図せず小学生集団のなかに飲み込まれ、引率の先生だか職員の方だかと勘違いされて何回か話しかけられ、不審者として通報されないかとヒヤヒヤしながら展示見るというにっこり

最初の展示はハンセン病のこれまでの歴史が紹介されており、ちゃんとした専門施設なだけあってWikipediaよりも詳しく分かりやすくかったです。

脱走防止のために手持ちのお金を療養所内専用の通貨に交換させられたり、療養所に入所する時は私物は一度没収されたりといった話が衝撃的でした。


置いてあった常設展示の紹介パンフレットは、小学生でも分かるくらいの易しい日本語で書かれており、「ハンセン病の人ってどんな人生を送ってきたの?」という方はこれさえ見ればかなり理解度が上がるのではという大変良い教材でした。


2つの目のお部屋は、治療薬が見つかる前の療養所内の暮らしの紹介ブース。

趣味の時間を過ごす患者さんたち。

証言映像で語られていた通い婚のお話が衝撃でした。
数人が共同で使用するお部屋に、男性が夜な夜なやってきて好きな女性と夜を過ごす。しかもプライベートなブースはなく、共同部屋なので複数組のブースが間仕切りもないとこで……

私が同室で独り身だったら、「うるさい!」って発狂してしまいそうです。そういう声が上がらなかったのか上げられなかったのか両方なのかは分かりませんが、本当に酷い環境だったんだなというのが伝わってきます。

療養所内で使われていた道具の紹介で印象に残ったのは盲導鈴。風が吹くと、目の見えない方を誘導するための音が鳴ります。現代だと、改札付近とかで聞こえる「ピーン・ポーン」がそれにあたる…といえばピンと来ますでしょうか。
こちらが盲導鈴の写真。SNS掲載OKの札があったので載せます。
意外と昔からあった仕組みだったんだなということに驚きました。


先に進むと、療養所で患者さんが患者さんのために行っていた作業の紹介が。

患者さんが患者さんの髪を切ってあげたり、自分たちが食べるものなどを作ったり、目の見えない人が洗濯をさせられたり、小さな子供ですらも包帯のお洗濯など手伝わされてて、療養所という概念を忘れてしまう。


さらに進むと、療養所内の行事の紹介コーナー。

こちらもSNS掲載OKになっていた、当時の療養所の紹介パンフレット。
趣味の時間が楽しめるよ!とかいいことしか書かれてありません。
当時はSNSなんか勿論なく、入所したら施設で一生を終えるため、中の状況は分からないまま入所した方が多いのでは…と思ってしまう。
たぶん私ならまんまと騙されてると思います。

中の環境がかなり悲惨な状態ということや、プロパガンダでいい施設アピールしてるという点から、大戦中の某国の強制収容所のことが頭をよぎる。


少しアップ。


続いて重監房。
草津の資料館に行くと復元施設が見られるらしいので、いつか行ってみたい。
この資料館にも、部屋の中を再現したブースがあり、ライトで照らして中を覗けるようになってました。管理されている施設の中にある物なのに、ジメジメ、ひんやりで不潔な感じが伝わってくる。

本物は、曇りの日は昼と夜の区別もつかないくらい暗くなったり、冬になるとマイナス16度になったりしたらしく、本当にひどい空間だったんだなと。療養所内の施設とは思えない。

本当に、そこに入れられることが妥当であるくらい悪いことをした人ならともかく、裁判も行われずに施設の人の裁量で気に入らない人を閉じ込める施設になっていた実態を考えると酷い。
仮に無実の罪でここに入れられた人がいたとして。病人で、治療も弁解もさせてもらえない、助けてくれる人もいなかった…と思うと胸が痛いです。


思ったより文が長くなってしまったので、続きはまた後日。

本日、かねてより購入を迷っていたサンリオコラボのドロロ兵長のぬいぐるみを購入いたしましたのでご報告させていただきますニコニコ



と、浮かれながら帰宅し、空想樹を狩りまくって一息ついてXを見たら何ということでしょう。


ケロロ軍曹新シリーズでは全キャスト交代するというショッキングなお知らせが流れてきたではありませんか真顔




イウチ、サンリオ沼ったのとほぼ同時期にケロロ軍曹も沼りまして、特にケロロとドロロが好きだったんですよ……


特に、ちょっと高めで優しい感じの男性の声が好きだったこともあり、ドロロがめちゃくちゃ好きで泣くうさぎ


同じく、ちょっと高めで優しい感じの声をしたサンリオの最推しの声が変わってショックだった時、一時期ドロロに癒しを求めてたりしたんですよ。


まさかお前も同じ運命になろうとは昇天



でも人間が役を演じる限りは仕方がないことで、私が昔ハマったものたちは、今作る側の人たちが世代交代する時期に入ったんだろうなということを実感します。


コンテンツが長く続くことはいいことだ。



ケロロ軍曹はキャスト交代のお知らせにこれまでのキャストへの感謝を述べてて救われました。

あと、新劇場版は今のキャストでやるらしいので、お別れというか心の準備期間があるのも嬉しい。


某会社みたいに声優交代の時に突然全部が消えたの未だに許してないからなにっこり



8人のピューロは復活するんだ。

悲しみの弔鐘はもう鳴り止んだ。

君は輝ける人生の、その一歩を、再び踏み出す時が来たんだ。


からの


あの時のピューロ達は消えたんだ。

いくら呼んでも帰っては来ないんだ。

もうあの時間は終わって、君も人生と向き合う時なんだ。


という某所のコピペが頭に過ぎる昇天


公式サイトの下の方にピューロランド物語が載ってるだけでも泣ける。



ピューロたちのことがちゃんと拾われたという喜びと、ほんまにリスペクトする気あるんか?という複雑な気持ちが若干ありますが、後者の気持ちはコンテンツを楽しむために不要な感情なので今回はポイして、純粋に楽しみたいと思います。


パルラちゃんかわいー飛び出すハート




私の職業は

 

 本職ではないのですが、数年前から講師として人前でお話するお仕事をしております。


自分が学んだり経験した知識を教えることで、誰かの人生の役に立つことがとても嬉しく、やりがいを感じています。 


講師始めたての頃は講義資料の作り方が本当に下手くそで、本職の時給で考えたら赤字なんてレベルじゃないくらいの時間をかけて資料作っても「もっとああすればよかった」という後悔が残る結果に…真顔


学生さん向けに講義をする時は、学校からの依頼でミニテストを作ったりもするのですが、正答率が悪いと「教え方が下手でごめんなさい」という気持ちで一杯になりました。


学生時代にお世話になった先生たちもこういう気持ちだったのかな無気力



授業アンケートやミニテストの結果を踏まえて、「もっとこういう教え方したほうがいいんじゃないか」、「こういう話を入れて興味を持たせよう」とブラッシュアップを続けていくことで、最近は満足いく資料が完成し、聴講者の方からも良い評価や感謝の言葉を頂けて嬉しい限りです照れ

 本職がなかなか精神的にハードな仕事なので、皆様からの感想文が日々の仕事の励みになっております。


講義資料の更新のために自分自身も定期的に学び直す必要があり、自己研鑽にもなるし、引き受けて良かったなと思ったお仕事でした。

 

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