日々、自分の興味赴くまま色々なことに取り組んでいるため、

 

「さて、今日は何についてご報告しようかなあ・・・」と悩んでしまいます。

 

・地元の日本語学習ボランティアに応募したこと、とか(応募段階で、まだ実務には当たっていないため、まあ、おいおい書こうかな)。

・地元でコミュニティづくりを0から取り組んでいること、とか(地元の「濃い方」と一人一人お話を聞いている段階ですね。現時点で5名と話したのかな?)

・日々、取り組んでいる、心身両面の鍛錬について、とか(まあ、まだまだ全然なので、一歩ずつ、半歩ずつ前進していることの記録、という形になると思いますが)

 

で、タイトルにある通り、一週間ほど前から、気になっていた=この人たちは素敵だ/すごい、と思える気功師さん三名のメルマガに登録した、という、ある意味、それだけのことを書いておこうかな、と笑。

 

以前の僕は一つのことは一人のすごい先生をみつけて、その先生からだけ学ぶべきだ、と思っていたのですが、そうした自分ルールは、成長の足枷になる、というより、学ぶことの楽しさを減らしてしまうのでは?と考えたわけですね。

 

まあ、当初の感覚としては、「毎日気功についての濃密な情報を得たい→だいたいメルマガというものは数日に一通しか届かない→じゃあ、四、五名の方のメルマガに登録したら、だいたい毎日さまざまな角度から気功についての情報を受けられるのでは?」という、まあ、その程度のものだったりします。

 

また、気功やコーチングをされている方の中には、闇落ち、というか、途中で変な方向へ転落していく(ように僕には思える)方もいるから、複数の優れた気功師の方を観察することによって、何が闇落ちの要因なのか、も理解深められるかなあ、という考えもあります。ただ、闇落ちについて、そんなに興味関心を抱かなくても、とは思ったり・・・。

 

で、今朝方は、メルマガの一つで紹介されていた気の玉のワークに取り組んでいました。このワーク自体は、数年前に割と熱心に取り組んでいた気がするのですが、久しぶりにやってみたら、(変な例えですが)小学校とか運動会の玉転がしの大玉?くらいの大きさになって、楽しかったですね笑。

この気を、いろいろな人に分けたり、あるいは、分けてもらったりしたら、この世界はもっと明るくなるのだな、と確信すると、人生っていいな、って気がしてきますね。

このブログは、僕の日々の取り組みの報告+アルファなので、まあ、ぶっちゃけタイトルが、すべて、なのですが、

 

真言10000回唱えてみました。

 

経緯、としては、

 

・とある気功師さんのメルマガに登録した。

 

・そのメルマガで、真言について紹介があった(「100万回唱えてみよう!」)。

 

・じゃあ、とりあえず、1万回。

 

まあ、そういう感じですね。

 

前段階として、その気功師さんに遠隔気功を施してもらったり、ちょっとしたアドヴァイスを受けたり、と、

 

彼の人柄に触れ、ファンになった、「この人いいなあ」と思えた、などと言った前提がありますね。

 

1万回唱えた感想としては、

 

・結構楽しい。

 

・とはいえ、明確な体感的変化はない。

 

です。

 

「明確な体感的変化がない」→「残り99万回唱える中でどんな変化が訪れるのだろう?」ということで、わくわくしている次第です。

 

まあ、半年〜一年位かけて、達成できたらよろしかなあ、とかとか、そんな感じですね。

 

真言、というと怪しげな感じですが、まあ、空海もやっていたことですし、と。

 

もちろん、世の中にはカルトにつながるオカルトもあるので、そのへん、各自の自己責任&自己判断ですが。

 

とはいえ、何事か新しいことを、好きでやっている人に対して「オカルトっぽい」の一言で、全否定するのは、逆になんらかの常識に洗脳されている人、なのでしょうけど。

 

なんの話だ?

 

真言を10000回とりあえず唱えてみました、の話。

 

このブログは、本当、気楽にやる予定なのです。

このブログは、僕が日々、僕なりに考え(た結果)新しく僕の人生に取り入れた事柄、などを事後報告的に、定点観測的に書いていこう、というものです。

 

で、今回は、正直大したことではないのですが、

 

散歩中など、屋外をぶらつくさい、マスクを外すようにした、ということを報告いたします。

 

僕の問題意識は、

 

・一年前に比べて、子供たちのマスク着用率が増えたな・・・。

 

という、その一点につきます。

 

僕は、広島の片田舎に暮らしているため、都市部に比べて、マスク着用率は低いのではないか、と思っているのですが、

 

それでも、年単位で考えると、着実にマスクが日常化しています。

 

マスクが日常化することによって、どの程度のコストやリスクがかかるのかはわからないけれど、

 

登下校中の何十人という子供たちの集団が、ほぼ全員マスクをしているというのは、

 

一年前では考えられなかったことで、まあ、うーん、どうなんでしょう?(自分でもよくわからない)という感じ。

 

僕は29歳で、いまさら小学生とか中学生の日常とか、正直、あまり関心はないけれど、もし、小中学校においても、黙食が日常化しているとしたら、まあ、一長一短あるでしょうが、いろいろと勿体無いよなあ・・・と思うわけです。

 

で、だからななんだ、とも思うけれど、

 

屋外ではマスクを外して行動するようにした。

 

その結果、面白いことに、意外とマスクを外している人いるな〜という認識が生じた。

 

たとえば、90歳くらいの、おそらく一番コロナが危険な年代のおばあさんとかおじいさんとかも、人によっては平気でマスクを外していた(ボケているわけではない。というか、多分、中途半端にボケている人の方がマスク着用率高そう?偏見)。

 

スーパーマケットでも、家族揃ってマスクを着用していない人も発見した。それはそれで良い気がした。

 

まあ、今回は、だから、何?という話であるけれど、僕はわりといろいろな人/子供と仲良くしたいと思っていて、そのために、マスクを着用しているというのは、すごく邪魔だなあ、という思いもこの文章を書きながら生まれた。というか、顔面で何かを(自然に)伝える(というか、伝わる)ということの意味を僕は考えつつある。

 

おわり。

自分流ダイエット、はじめてみました。

 

といっても、まあ、僕は現在身長166cm、体重51kgなのですが笑。

 

別に、ここから体重を40kgまで落としたい、とかそーいうのではなく、自分なりにこれまで「治したいなあ・・・」と思っていた食事の癖を、僕なりの具体的方法で解消しよう!と思い立った、実践してみた、という、そういう話ですね。

 

で、これまで、僕が内心「治したいんだけどなあ・・・」と思っていた食事の癖、とは、

 

・炭水化物をドカ食いしてしまう。

・食事を過度に娯楽視して、楽しみのために、お腹がいっぱいにもかかわらず、おかわりしてしまう。

・で、ついついおやつ含め1日4、5食たべてしまう。というか、おやつがとまらない。

 

と言ったことです。

 

ドカ食いしても太らないからいいじゃないか、という発想は、なんというか、問題がないなら現状のままでいいじゃないか、って発想で、つまんないので・・・。

 

ただ、無理やり、まじめくんになって「ドカ食い、ダメ、ゼッタイ」などと自分で自分を縛る方法は、取りたくない。

というか、これまで、この手の方法で失敗してきた。

 

ので、今回は、こんな工夫を考えました。

 

・おやつを食べたいなあ、と思ったら、スナック菓子などではなく、生野菜をばりぼり食う。

・食事中、正座して食べる。

・食事中、「ちょっと顎が疲れるんですけど」と思うくらいの回数、よく噛んで食べる。

・食事中、苫米地英人博士推奨の「黙って食え冥想=食べ物の縁起を感じながら食べる」で食べる。

 

とか、そんな感じです。

何か、さらによさげなアイデアが思いついたら随時追加していく予定ですね笑。

 

無理に、自分に「禁止事項」を課すのではなく、

これまで習慣より、(僕にとっては)魅力的な習慣を考え、楽しく、やりがいを感じながら実践する、という方針です。

 

・菜食主義には、憧れがあったので野菜を食べるのは楽しいし、

・僕は武術をやっているので、正座など、昔の人間にはあたりまえだった身体操作に習熟することに情熱があるし、

・同じ理由で、体を鍛えることにも情熱があるので、よく噛んで食べることにも、成長を感じるし、

・コーチングや冥想にも強く関心があるため、食事中の冥想は、ある意味で一石二鳥、

とか、まあ、そんな感じです。

 

まだ、実践を始めて三日目くらいかな。

 

もちろん、これは僕なりの方法論であり、一億人いたら、2、300億通りの方法論(試行錯誤で切り捨てたものなども含む)があるんじゃないかな、と思います。

僕を含め、日本中、世界中の人々が、健康で健やかで、自分らしい人生を歩んでいるのだと思います。

このブログは、基本的に、僕が僕の未来へ向けて、日々取り組んでいることを、淡々と、定点観測的に記録していくというものです。

 

僕は日々、100%want toで自分が心からやりたいことをやりたい放題やる。

 

僕は日々、未来に向けて思考を開いて、次々とやりたいことや達成したいゴールを見つけていく。

 

その過程を、記録できたらいいなあ、この記録が誰かの目に触れることで、その人の心の中にも、その人独自の素敵なゴールが芽生えるといいなあ、というそんな思いで書いていこうかな、と。

 

で、ここ最近、麻雀に凝っている、という話です。

 

麻雀に凝っている、というよりも、僕のそもそもの考えは、

 

0)自分の学習能力を日々高めていきたい。

(そもそも、僕が目指していること)

 

1)そのためには、質の高い学習経験を積んでいこう。

(じゃあどうするか?具体的方向性)

 

2)ところで、僕はこれまで、一冊の本を徹底的に丸暗記するくらい読み込んだ経験がないな。もっといえば、一人の人間(著者)からみっちり何か学んだことはないな。

(これまでの学習経験で、未体験なことって何?と反省してみた)

 

3)じゃあ、将棋とか麻雀とか好きなので、将棋や麻雀で何か一冊素敵な本を見つけて、その本をとりあえず十回くらい音読してみよう。

(実際に、取り組むことの決定)

 

という流れで、以前からたま〜に遊んでいた麻雀をここ数日熱心に楽しんでいるんですね。

 

ちなみに、選んだ本は、

 

将棋だと、藤井猛『四間飛車上達法』

麻雀だと、井出洋介・小林剛『麻雀技術 守備の教科書』

です。

 

あくまで、僕の主観的表現ですが、将棋なら藤井さん、麻雀なら井出さん小林さんに弟子入りしたつもりで、愚直に学びを深めることを楽しんでいる感じですね。

 

現在一読目を終えようとしている感じですが、どちらの書籍も一回読んだだけじゃ、なんとなくの浅い理解しかできない、濃密な本です。これからが、楽しみだ。

 

麻雀は天鳳で指しているのですが、着実に勝ちを重ねていて、以前は我流で初段〜二段くらいだったのですが、後二、三回1〜2位で上がれたら、三段、というところまで来ましたね。

 

「一回読んだだけでほとんど理解できていない状態で、着実に上達している。じゃあ、完璧に理解できるようになったら・・・」と考えると、にやにやしてしまいます笑

 

まあ、そんな感じです。

 

100%want toの学びって、凄まじく、楽しくて、人生を豊かにしますね!