泣き虫なオルゴール6 | 黒鷹騎士団

黒鷹騎士団

基本は俺の妄想からなる。
後悔だけはしまくりだと思う

HAPPY ENDは好まない

「卓人・・・。お前今何をしたんだ・・・?」

お父さんが僕の腕を強く掴み目を見つめ問いかける。
僕の間から出てくるしょっぱい透明な液体はまだ止まらない。

この世界にいても、もう会えないところにお母さんがいってしまった。
そしてそれを知ってるのは
僕にオルゴールをくれた彼と僕しかいない。

言えない・・・
とてもじゃないけどお父さんには。

「答えなさい。」

多分僕はこのとき、お父さんを恐怖の目で見たいたんだと想像がつく。
何故ならお父さんも恐怖の目をしていたから。

人間は感情を伝染させることが出来る。特に日本人なら簡単に。

どうしよう。どうすればいい?

嘘をつく?
ダメだ今の状況と心境で嘘をついたところですぐにバレる。
腕をつかまれてる以上、逃げる事も出来ない。

毎日玄関でお父さんの声がしたら必ずお母さんが来るのに
いつまで待ってもお母さんが来ないことに違和感を抱いてないはずがない。

考えろ。何かお父さんの気を引くものを・・・
一瞬でもいい。お父さんの隙をつかなくちゃ。

「何故黙っている。黙っていたら何も解らないじゃないか。
お母さんはどうした。家にいないのか?」



僕はすぐにお父さんとお母さんの寝室を指さした。

「寝てるのか?体調が悪いのかなにかで。」

僕はうなづく。

「そうか。怒鳴って悪かった。
リビングで待ってなさい。お母さんの様子を見た後、すぐに行くから。」

お父さんは靴を脱いで寝室に進んだ。
お父さんが寝室の部屋のドアに手をかけたとき
さっき脱いだ片方の靴とオルゴールをつかんで玄関の外へ走り出した。

「卓人!」

出来るだけ遠くに。絶対に捕まらないように。走る。走る。走る。
息が切れても、喉の奥から赤い鉄の香りがするあの液体の味がしても
まったく構うことなく走った。

ここで捕まったら終わりだった。

絶対に声を出さないと説明できない。でも声を出すと気づかれる。
どうする事も出来ない僕は、ただ逃げるしかなかった。

声を出さなくていいように、人と接さなくていいように身を隠すしかないと思った。

こんなに長い距離を走っていると、世界で一番足が速い気分になる。
すれ違う人を避けながら風邪の抵抗を体全体で感じて。

だが体力の限界だった。元々運動が得意じゃない。体力もない。
外で遊ぶよりも、家の中で音楽を聴いているのが好きな僕。

めったに外で遊ぶ事もなければ、走る事もない。

「卓人!」

それがこの結果だ。追いついたお父さんから服をつかまれた。
抵抗する僕の耳元に、プチプチと服の糸が切れる音が入ってきた。

そういやお父さん、陸上部だったっけ。

「なんで逃げたんだ。なんで嘘をついたんだ。答えなさい!」

もう答えるしかなかった。その事実が終わりを知らせる。

「僕のせいだから。」

ビシャ
僕の顔や体にたくさんの赤が降りかかった。
その赤が鉄の香りと共に消失を告げる。

さっきからしょっぱい透明な液体が視界を悪くする。

力尽きた僕は地べたにゆっくり跪き座り込んだ。

(さぁ卓人。演奏の時間だ。)

オルゴールが開いた。

あたりにOver the rainbowの曲が響く。
お父さんが何度も聞かせてくれて、絶対に触らせてくれなかったCDに入っていた曲だ。

大切にしてる曲なんだ。お母さんに貰ったCDなんだと
何度も何度も聞いたのを憶えている。

そしてそのCDと同じオルゴールの音が流れた。

「♪~♪~~♪~~~」

オルゴールから出てきた黒い煙が僕を包み込んだ。
こんなに残酷な黒い煙なのに、すごく心地よくて温かい。

この温かさがあるからオルゴールの中の人たちは出てこないんだと分かった。

僕もこの世の中がこんなに辛いなら
一生この温かい煙に包まれてるほうが幸せだと思う。

なにもかも失くしてしまった。独りぼっち。孤独。

でもどうしても、時間は意地悪だから。

僕はうけいるしかない。