2019/05/25
日々の指針日 々 を 人 生 を ど の よ う に 生 き て い った ら い い の で し ょ う 。 八 十 く ら い ま で 生 き て 死 ね ば 幸でだといわれます。日々は、神の命だと思 って、神が 「よくあれ」とこの世を作られたとしても、偶然に自 然がビッグバンで起こったとしても、人間は何かを信ぜずにおれないところがあるので、 宗教を信じようと信じまいと、何か不可思議な働き、神と呼んでも呼ばなくてもいいので すが、天というか神というか不可思議な働きの命によって生きていると思えれば、いい生 き方です。感謝をし、友達を祝福して生きていきましょう。それと、もう 一つ必要なのは、戦略と戦術です。大企業や大大学の攻略や恋愛での恋人 の攻略には戦略と戦術がいるのです。このような戦略、戦術というと、ずるいことのように思う人がいるかもしれません。 戦略は長い時間の兵法。戦術は短い時間の兵法といいます。 ずるいのではないのです。人の上に立つには、人々を喜こばせられる神力なのです。 人々を円滑に生活させるから上に立てるのです。木々は、高い木は低 い木を太陽を当たらなくして枯らしてしまうのも事実です。しかし、人間社会の場合、人々を喜ばせられるから上に立つのです。 「えらい人は、えらい」というように上に立つ人はオ能もありますが苦労をしています。その分、上に立つ喜びを得、人々は円滑だ、便利だと喜ぶのです。決してずるいのでは ありません。上に立つ人は、苦労をしているとかきましたが、安楽に上に立つことはできないのでし ょうか? 合理的にです。それは、仏教の坐禅や滝に打たれるとか大学受験の猛勉強とかです。それも苦労ですが、もっと上に立つ人は、「インスピレーション」を得る力があり、作 家や詩人、俳人、歌人、などでも っと上に立つ人は、人知れないわからないところ、「情 熱」というようなものがあるものです。歌謡由の作詞、作曲家でもそうです。なんともいわくいい難い 「情念」のようなものが あるのです。くちゃくちゃになっているような......病的といってもいいかもしれません。それは、昼間する仕事が大学教授のように教べんであるとか、仏教の禅僧のように坐 っ ているのが昼にする仕事だというのはあります。しかしトップにも っと上に立つ人は、く ちやくちやな情念、病的なところがあるものです。合理的な、大学教授、禅僧のような仕事の仕方もあるでしょう。しかし、もっと上に立 つ人は、情念があるのです。寺山修司、甲斐よしひろ (ミュージシャン)、梅原猛 (学者)など思いつきます。 甲斐よしひろはこう歌 っています。♪胸にこみ上げる狂うような何か♪と 。・・・..胸にこみ上げる狂うような何か、があるものなのです。しかし、そんな情念を、原稿用紙の中や 一曲の長さにおしこめて昇華しなければなりま せん。画家であれば一枚の絵の中にです。「狂うような何か」というのは危険で犯罪にも走りかけないのです。モーツァルトには 「何か」があり、作家や詩人、作詞家は悩み、「何か」があるのです。 それは、勘で感じるもので説明はできないのでしょうか? 『不安の概念』をかいた哲学者もいました。吉本先生は 「本当のことをいうと世界が壊れる」とかいておられます。「本当のこと」「何か」とは、下手なゴルフアーだと私はかいたことがあります。 ホールはかすめるが、入らないのです。本当のこと、ホール、何かに入ると落ち、それは 「死」か 「神」か 「オルガスムス」か?尾崎豊は、 ♪疲れの中 弾をこめ ひきがねを引くただ 一人、答えを打ちぬく♪と歌いました。「答え」とは 「何か」であり 「本当のこと」であり、それは 「死」か「オルガスムス」か 「仏陀の完全な悟り」であるのかわかりません。 私は、初めてマスターベーションをしたとき、その感動に 「よく気が狂わないな」と思 いました。しかしそれは神が人間に与えた生殖欲。子孫を残すための感動であり 「快」なのです。ミスチルの桜井和寿はこう歌いました。♪ああ 愛の神秘に魅せられて♪と......キスの感動は、人間は二つで 一つを思わせます。 進化途上、オスとメスに分れましたが、もとは 一つだったのです。オスとメスに分かれたが、強烈に引かれ合う 「何か」があるのです。 「オルガスムス」の感動か? 「死」か?人間は、「変成意識」を求めます。女ドラッグ酒、煙草などです。腹上死も三島由紀夫 のように 「日本精神」を説いての切腹もあります。 しかし、ドラッグや暴走族の夜の街を暴走し、尾崎豊の歌のように、 もっともっと輝やくまで俺達は、走り続けていかなければああ ♪というような感動は、世間を乱します。 坐禅や女や酒、煙草の世間で許されている 「変成意識」にすべきです。宗教、愛のオルガスムス、自殺、青春。 親との葛藤、夢......女性論 再び女性論をまたかきたいと思います。太古から今まで女性は家で家事や子育てをしてきました。それは男性の狩りや外での仕 事と違って近距離内での家の中での家事や子育てです。男性のような法律にひっかからなかったらいい、というのではなく、感情、緩やかな感 情の中で生きてきたのです。「女なんか何にもようしない」といいますが、穏やかな法律にひっかからなくても 「かわ いそう」「怖い」など感情の範囲で家事や子育てをしてきたのです。男性にとって女性の 「性」は絶対的魅力であり、それを欲せずにはいられません。女性に男性のオルガスムスや殴るなどといった鋭角的な感情はありません。緩やかなの です。「死」についても解決しよう、とかでなくなんとなく怖いものなのです。女性は、鋭角的なも のはなくても、手首を切 ったりします。 女性の、金、力、性、死の表し方は男性とは違います。 金と力は、お金を稼いでもらって、守ってもらつているのです。性は 「静」かに待っていたり、消極的です。女性の怒りの表し方は、結婚する前では、性の欲しい、男の弱みをみせた男に 「もう私 に近寄らな いで」とかいって怒りをみせます。近寄ってくるものに対し拒絶をするのです。 男のように積極的に自分からは攻撃しません。 また結婚したあとでは、金、食べ物の生活をやっていく上でうまくいかないこと 「ご飯を作り忘れた」などで男を怒ります。 力の出し方には、結婚する前では性を、結婚したあとでは、金、食べ物でうまくいかないことを注意しながら怒るのです。 女性の緩やかさは、法律にひっかからなくても悪いことをしません。 それは人間社会における日本の参議院のような役日です。暴走する男をあまりひどいと「正直なことをいいなさい」とかいってはみ出しを治めるのです。女性の高い声は 「キャー」といって性や力があまりおかしい男性に対し、人を呼べるよ うに聞こえるいい点があります。哲学論哲学と いうと難かしいですが、できるだけ簡単にかいてみましょう。哲学は、四 つの論からできています。それぞれ、存在論、人間論、社会論、宇宙論です。 存在論とは、難かしいですが、インドやヨーロッパーー英語も含む――め文語で思想す ると 「この鉛筆は、はたしてあるのか?」で」の原稿用紙は、はたしてあるのか?」とい った疑間です。日本語で考えたり、しゃべったりしていると、そんなことは疑間にならな いのですが、インドやヨーロッパのことばには助動詞というものがあり、このような存在 論が発生するのだといわれています。数や形のあるものがない 「○」だというのです。私は、このような疑問よりも、「今、云 っていることは全部嘘だ」「今、も っている財布の お金は全部、偽札だ」といった疑間をもちます。あるものが 「○」なのではなくて、「偽」 「嘘」という反対の結果になるんじゃないか? という疑間です。キスしていても、キス していない。キスしている相手は、女なのに男ではないか? といった疑間です。キル ケゴールは 『不安の概念』をかきましたが、「○」でなく 「十」が 「一」に 「一」が 「十」 になってしまう不安です。このようなことは実際にはないでしょう。しかし妄想的感情が 私にはあ って疑間で不安なのです。難かしいですが、初めて人類が行 った島――クレタ島 ――で初めてあったクレタ人が 「クレタ人は皆嘘つきだ」といったとします。すると嘘つ きというのが嘘なのですから全員正直者になります。「嘘つきだ」といった人も嘘ですか ら、嘘をついてはいないことになってしまいます。これは、極端な例で、普通は本当のこ とをしゃべつているものです。存在論にしても鉛筆はありますし、原稿用紙もあるのです。 このような考えは、妄想に近く、信じたり考えすぎたりすると寝られなくなってしまいま す。人間論 社会 (国家)論極端なことを考えると差が大きくなりわかってしまうものです。物理学、経済学なども そうです。経済を考えるには、経済恐慌のときを考えればいいといいます。人間の場合は どうでしょう? それは、論理的に乱れた統合失調症の患者さんを見ればわかります。いつもいう四つの力です。これについては他の私の患者を見ていただければわかりますので、 『共同幻想論』T日本隆明先生)のご著書を例にかいてみましょう。『共同幻想論』の三つ の柱は、対 幻 想 (性 )個人幻想 (文学、芸術)共同幻想 (古代日本国家) です。しかし、これらは、性欲の面しかみていません。四つの力には、金、力、宗教があるのです。確かに、文学、芸術は性欲の昇華したものです。しかし、金は地位 (社長な ど)に昇華され、国家としては 「マルクス主義」になるのです。力の場合も、文学芸術に あたるのが権力 (警察官、裁判官)なのです。また、国家の形としては、ファシズム国家や封建制国家となるのです。『共同幻想論』 は、性の場合の昇華 (文学 ・芸術)と国家 (共同幻想九つ)をかいてあるだけで三つであ り、あとの十個くらいはかいてないのです。個人幻想←対幻想←共同幻想の順で 『共同幻想論』は、かいてあるのに、対幻想←個人幻想←共同幻想という順にしたのは、金←地位←共産主義国家。力←権力←ファシズム国 家・封建制国家の順に合わせただけです。ウパニシャッドに宇宙の初めは 「有もなかりき、無もなかりき」とかいてありますが、 普通、天から有が生じたと思われるでしょう。それをかいてみると天から有は 「元」がないのですから、生じようがありませんが、も しクラグのように生まれるとすれば、それは物質ができるとき、できるのに距離 (空間) ができ、そう伸びるのに時間がかかってますから、時間と空間で速さもあり、物質ですか ら重さがあ つたことは考えられます。時間、空間、速さ、重さは天から有が生まれた瞬間 からあるのです。宇宙は、 三二八億年前にビツグバンにより生まれたといいますが、神が 「よくあれ」 「光あれ」と作ったにしろ、偶然の爆発により起こったにしろ、宗教と関係がでてきます。宗教について考える場合、地獄を入れる、キリスト教、浄土真宗、浄土宗以外の仏教、 幸福の科学などと、地獄はなく 「極楽」「天国」のみあるとする浄土真宗、生長の家のよ うなものに分れるような気がします。浄土真宗は、必然の計らいを大事にする宗教です。もとにいた阿弥陀様に十二の光が輝 やかしく輝やいていた以上、必然的に悪いことをしたとしても全員、極楽なのです。しかし、偶然を認めると悪を犯してしまい、どうしても犯してしまうという考えになり ます。すると地獄が出てきます。そうです。必然は、極楽、天国に全員行き、偶然の立場 をとる宗教は地獄 ・天国 (極楽)を分けるのです。あとがき私のした人類史に残る発見は、原始音楽論 。人相の三要素 。オノマトペ言語発生論 ・形相の三法則 ・四つの力です。 原始音楽論 ・人相の三要素 。オノマトペ言語発生論 ・形相の三法則は コム術科学」の研究です。それと 「四つの力」です。 原始音楽論 (間違っているかもしれない)フア それがどうしたんだソ 「そ う だ 、 そ う だ 」 と 怒 る ラ 怒るヽン き つ い 感 じ の 「 お お 」 と い う 返 事 ド 「おお」納得型の返事レ 「うん、そうだな、けども」 ミヽ 「そうか―?」 ファ 迷って誰かに伝えたい ソ 楽しい普通の何もない ラ 怖い感じがし、伝えたいヽン 「何なの、この人間」ド 「いやだ」レ 「あ っ ち 行 っ て ― 」 ミヽ あきらめて絶叫人相の三要素※絶対機能 (たとえば口が大きいと、よくしゃべり、よく食べるというが、国が数学的、物理学的に大きい《センチが長いと※表情似 (実験した人はいないが、たとえばよく笑っていると口尻が上がり、ほんとmう に 口 尻 が 上 を 向 く と い う 仮 説 《上 に 上 が っ て い る セ ン チ 《 》 が 大 き い 《満 足 しているというと※形相 (絶対機能や表情似でも感じとれない余った余韻の感じるいろいろな特長 《センチで表わせると オノマトペ言語発生論たとえばタンタンたたく。ピカリとひかる。 形相の三法則 ※横の長さ■縦の長さ デップリ感縦 の長さ ■横 の長さ ホ ッソリ感 ※下辺 ×高さ ■上辺 安定感上辺×高さ■下辺 不安定感 ※輪郭の大きさ÷パーツの大きさ 地味 パーツの大きさ■輪郭の大きさ 派手c四 つのカ社会昇華 国家の昇華体 食 欲 (金 欲 ) 地 位 共 産 主 義 国 家 性欲 (疎経期先生な0 名誉 (耐雄榊■な0 共同幻想国家安全欲(暴力性) 権力 封建制。ファヽンズム国家宗教 宗教宗教的無政府国家(各 宗 教 の 説 く 理 想 の 国 と 同 じ )私は、鈴鹿高専での過労ののち、精神疾患を患い、いろいろあったが今は同棲し、人生 は大転換中です。むねた おどたけこ胸立てて 踊る竹の子 つかんだろか2009年 6月 20日 第 1刷著 者一―高見 昌宏(たかみまさひろ)製 作一一近代文芸社出版サービス ◎MasahirO Takami 2009 Printed in Japan領価 1,000円