ドイツのブログ -31ページ目

ドイツのブログ

私が、博士号を取り、子供と同居し、芸能人になるまでを描きます。

尾崎豊の死に写真を見て、思ったのは、
 
死んで爽やか
 
 
 
この人は、誰にも憎まれなくなかった。
 
 
この人は、誰にも恨みがなかった。
 
 
しにかたは、不可思議で肺水腫という病名だけでない麻薬と酒と芸術家の偉大な何かのあるしにかただと思った。
 
 
 
 
 
湯川秀樹の癌になってからの映像を見て、思ったことは、
 
 
 
この中間子を発見出来るような繊細な頭脳を持った学者が、必ず死ぬという癌の恐怖、悩むどころでない、いわば精神病になりかねない人間の精神の限界とが手に取るように分かった。
 
 
 
この人も、臨終の際には、ボケて脳内モルヒネと共に死んだのか?
 
 
 
 
 
 
 
そして、私が、中学の時だったか?沖雅也という人が自殺した。
 
 
 
 
ホテルで、女と過ごしてからの飛び降りだった。
 
 
これを見て私は、女と充分に過ごしてからの自殺に思ったのは
 
 
 
 
 
これは、いいのではないか?
 
 
 
 
女と充分に過ごしてから
 
 
俳優として、派手に活躍もした人だ。
 
 
 
私は、自殺はいけないという教科書通りでない真理も見た。
 
 
 
 
 
そして、NHKスペシャルで、戦争中、特攻隊の兵士が、カメラに向かっててを降り、見事アメリカ空母に命中する映像を見た。
 
 
 
女子供にてを降って、国のために死んだのか?
 
 
 
 
 
それらの死が、清いことは、国のため、異性といちゃついたあと、誰にも憎まれず、誰も憎まず死に、死んで爽やかだったことだ。
 
 
 
しのなかでも 
 
一人になりたくない
 
争い合いたくない
 
 
と尾崎豊は、歌った。 
 
 
 
 
 
 
 
 
私は、その人柄とサービス精神から、大変バカにされ、人間以下、大変苦しい努力と苦労と想像を絶する苦行をしてきた。
 
 
 
 
 
 
誰にも憎まれず
誰も憎まず
誰にもバカにされず、
 
 
女子供に思い出を残せ、
 
 
 
何の不快もなく
 
 
 
 
 
 
死ねたら、どんなに楽だろう?
 
 
 
 
私は、毒をプラウザで探そうか?
 
 
 
 
と思った。
 
 
それに誰にもバカにされず、誰にも憎まれず、誰も憎まず死ねたら、それでいいのではないか?
 
 
 
そう思った。
 
 
 
 
死んでからの私は、すごいぞ。予言しておく