気の弱い作家や歌手が、一度世にで、破滅に至る
私も、一様作家だったが、一度A型事業所という世にで、破滅に至るのか?
私も、むちゃくちゃをした。
幸福実現党の選挙カーに原付で近寄り、
「一億回、落ちろ」
と叫んだ。
悪いことをしている病院の受付嬢に妻の入院費を払うのに、札束で顔をひっぱたいた。
書けば、限りない悪事の数々。
しかし、作家の気は弱く、自分のやったことに、さぁたいへんだ。
と
もっともっと
となり、体を鍛えた。
A型事業所で、こんなんだから、三島由紀夫や尾崎豊、長渕剛など、レコードなど、出した作家、詩人などは、もっとたいへんだろう?
なんとか、破滅に至らない道は、ないのだろうか?
三島由紀夫、尾崎豊は破滅に至った。
作家、詩人に共通するのは、存在への不安で
妙に不安。
底無しげに不安で、存在への問いかけがある。
悩んでないかのような、普通の人は、生き延び
不安な詩人は、破滅に至るのか?
どうにか、食い止める道は、ないのか?
甘えた健常者は、気違い、きちがいとみてき
ただの障害者も、ただでない障害者も
きちがい
と見られる。
宗教的境地は、きちがいと紙一重だが
作家や詩人と宗教家は、違う。
あの世を信じれた幸福な人と
あの世を信じられず、存在の不安に惑い、打ちのめされる人だ。
不安は、もっともっとと体を鍛える。
体を鍛えると強くなり、余計過激な行動に出る。
そして、その過激な行動の反省はあるが
俺は、正しいと破滅への道を進む。
その行動は、警察も裁判も、精神病院も、うまく潜り抜ける。
捕まらない、逮捕されない、薬も、医者に言われた量は、飲む。
感化力、自分の威力のふるえなさに、不満は募る。
きっと何もかもが違う。きっと何もかもが違う。
セックスも、宗教も、学問も、じぶんを救ってくれなかった。
ただ、襟裳岬の歌詞のようであったらいい。
訳の分からないことで、悩んでいるうちに
老いぼれてしまうから
存在への不安は、訳の分からないことで、悩んでいるのだと思いたい。
捨ててきてしまった煩わしさだけを
くるくるかき回して
私の犯した罪も、煩わしさであって、くるくるかき回しているだけだと思いたい。
いじけることだけが、生きることだと
飼い慣らし過ぎたので
身構えながら話すなんて、ああ臆病なんだよね
ただの気違いで、終わりたくない。
花は、咲かせたい。
訳の分からない悩みを正面から、受けきり
表したい。
人生の感慨と共に
