私の弱々しさは、木っ端微塵に打ち砕かれ、今では「何で警察に捕まらんのか不思議や」と言われている。
それもこれも、あっこちゃんとの出会いだ。
妻も、おとなしいが、この人と決めたらとことん焼きもちを焼き、決めた人には大人しくなく、無茶苦茶にした。妻は大人しかったが戦略があり旦那にすると無茶苦茶をした。
一人で生きていかなきゃならないのと、子供を守らなきゃならないのはあったが、妻との折り合いとは比較にならないくらい妻との折り合いとはより楽だった。
独り暮らしは、気楽で子供は順調に育ち、楽だったが妻だけはどうにもならない戦略と攻撃性を秘め私を襲った。
そらたいへんだった。「ドイツ君は、人畜無害やわ」と言われてた私を「何で警察に捕まらんのか不思議やわ」と言われてるまでに変貌させた。
しかし私は相変わらずの人畜無害で、弱々しくはないものの全くの平和主義で、警察に捕まるようなことは全くしてなかった。逆に宗教的で弱々しくはないものの平和主義でヤンキー的なとこはなく、真面目で気の弱さの統合失調症の陰性反応に悩まされていたほどだった。
妻との折り合いはついた。
大人しくても、人をバカにしなかったらバカにされないし、親と住んでるのもえらいし、一人は何でも一人でしなきゃならないが自由だ。
そして、親と電話で喋れるのは誰でも真面目には生きたいから真面目に生きるよう促してくれる親の助言、役に立つ情報はこの上なくありがたく、人の苦労は皆同じと卑屈になることなく感謝や愛情をもっていきたい。(尚、幸福の科学の「愛する愛」とは家族に対するもので、「許す愛」とはどうしても接しなきゃいけない人へのことだとわかった。「愛する愛」や「許す愛」を全人類にするのかと思っていた。)