グレーゾーン | ドイツのブログ

ドイツのブログ

私が、博士号を取り、子供と同居し、芸能人になるまでを描きます。

私は、悪いことはしてないが、いわばグレーゾーンのことをし、その金で生きている。
 
若いときに就職しないと、職はなく、若いときにいい学校を出てないと、立派なことは言えない。これは、事実だ。裏社会?しかし、母校の高専も、補助金が減るといけないと一見、無駄な体育館修理をしてたことを思い出した。修理は、いいことだが、無駄なことは、悪いことだ。いわばグレーゾーンだ。ここに書けないようなことも、知っている。しかし、私の親に金はなく、こうするしかなかった。グレーゾーンでの生活保護の脱出をした私は、今も、グレーゾーンの金で生きている。親に金があり、全うに生きている精神障害者もいたが、私の親に金はなく、いわばギリギリの選択をし、グレーゾーンの金で生きるしかなかった。たまに、いかがわしい店に行くのもそのためか?しかし、私くらいの年になり、精神障害者ながら、独り暮らしをしている人を無視するのは、愉快だった。親に頼れない年になり、生活保護や兄弟の世話にまでなり、寂しく生きる人を無視するのは、愉快だった。私には、タフさと抜群の知識はあったが、結婚し、子供を生んだもののグレーゾーンを生きるしかなかった。親も、半分怖がってか、よそよそしい。子にしてやるほど、私の両親に金はなく、グレーゾーンを生きる私は、神聖であるべき神棚に妻が、重度の精神病でミンザイを取れないよう神棚に置いている。グレーゾーンを生きる私は、十字架にかかったキリストも、壁にかけていた。親に金もなく、そうなるしかなかったのかもしれない。私は、ロナセンを飲まなければ、首が曲がったり、通常の日常生活を送れなかった。努力という努力は、しつくしたが、どうしても薬は、要った。宗教にも、頼ってみた。あらゆることをしても、駄目だった。私は、裏社会を知ってしまい、エリートや全部正しい人間にはなれないのかも知れない。親にも、兄弟にも、金はなく、こうするしかなかった。