本来、人間は… | ドイツのブログ

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私が、博士号を取り、子供と同居し、芸能人になるまでを描きます。

本来、人間は純朴だが、なにがしらにくじける。本来、人間は純朴だ。どの人にも、仏性はある。例えば、ヤクザでも「よわきを助け、つよきをくじく」などという。勧善懲悪は、ヤクザでも、子供のウルトラマンでも、そうで人間世界を貫いている。何が、仏性をくじくのか?人間世界を見ていて、思うのは、例えば、学校の勉強が必要でない、という人がいる。本来、仏性を発揮するための勉強なのに、例えば、ガリ勉メガネメモ他に、単位を取るための勉強となる。しかし、本来、勉強は、仏性を発揮するためだ。英語の勉強をとってみよう。英語は、世界の人達と会話、コミュニケーションするのに必要で、大きく言えば、世界平和のため、中くらいに言えば、ビジネスにも必要だ。楽しく、外人と喋るためにも、必要だろう。今日、会社で人間を見て、もうひとつ思ったのは、嫉妬や恋愛に遊ぶ人の群れだ。嫉妬というのは、した人は、わかるだろうが、本当に悔しく、執着となるほどだ、と思う。しかし、人間の本来の目的は、性行為と、共に生まれる出産だということだ。自由恋愛の嫉妬は
、ゲーテも題材にし、主人公は自殺したが、人間の本来は、性行為が目的だということだ。こういった嫉妬などの執着も、本来の人間を失わせる。

思い出して、思うことは、日生学園などに行っていた人が、あまりの辛さに、恨むというか、人生を諦めてしまうことだ。こういった例は、辛さ、苦しさに負け、本来の仏性はあるのに、くじけるのだ。

それらとは、違うが、立ち振舞いの自然さとも、今日は、思った。それは、あまりに研究などに執着した場合、自然さが失われる、ということだ。片寄ってしまうのだ。自然な立ち振舞い、それも、必要だ。