どうしたらいいか?
悩んだ。小学生の頃、武者小路実篤などを読んでみた。これらの文は、明るく人生を教えていた。
こうなりたい。
しかし、こんな人たちは、教えながら、これで食っている。人生を教えるには、無欲でないといけないのではないか?しかし、人生を教えることで金を得ている。鋭かった私は、ここに一種のトリック、矛盾を見たのだ。どうしよう

どうしよう
しかし、教えたい。昨日、納税額日本一の斎藤一人の本を見た。この人も、人生を教えていた。人生を教えたい欲望。そのために会社を成功させたとはいわないが、斎藤一人に人生を教えたい欲望があったのは、確実だ。私の場合は、科学的発見だけは、動かしようはなく、世に出られる。そして、人生を教えよう!と漠然と思った。(仮説)しかし、よく言われる作家が一度自分の人生を捨てなくてはいけないという、よく言われることには、苦労した。私は、いじめられて自信をなくしてみた。そして、空手(くうしゅ)にしてたつーーー無一文からの出発を余儀なくされる宗教家、人生を教える人たち。こういった経験はしたが、ホントに訳のわからん苦労だった。人生を教える人に、傷がないといけないのにも、気付いていた。それには、統合失調症の遺伝が好作用した。しかし、つらかった。人生を教える欲望を持って47年。苛められる自分を捨てる修行。空手にしてたつ、無一文からの出発ーーーホントにつらかった。若くないとできなかった。そして、斎藤一人のような特技。会社の社長だとか私の芸術科学だとか、世に出るのに値する活躍。そして、人生論にその人固有のオリジナリティが必要なことーーーそれは、この文を読んでもわかるように私の場合は、ズバッとつく(唯物論と言えるのかも知れない)道を目指して47年。たいへんな苦労だった。そして大学を受ける2ヶ月前の私。
道なき道を歩んできて、荒海をもう少し行かなくてはいけない。