生と死。これが人間の全てといってよい。
生きるために食べ、働き。新しい生のため性本能はあり、安全と呼ばれる殺人からの回避に人は、家を作り国家も作ったのかも知れない。殺人とは、死を意味する。
私は、小5の時だったか?「死んだら息もしない」と知り、息を止めてみたが、苦しい。根性でも、ど根性でも、神が与えた呼吸本能に勝てない。(死んだら息もしない)(どうゆう状態か?)(何にも、考えないのか?)(わからない)わからなかった。
生まれ、生まれ、生まれ、生まれて生の初めに暗く
死に、死に、死に、死んで死の終わりに暗き(空海)
そして、ハイデッカーは、死を実存(根本)とし、死は、必ず訪れる。死は、人と変わってやれない、など四原理を示した。宗教が、見事に死のわからなさを利用したと言えば、唯物論だが、私は、母に夜外で「死んだら、どうなるの?」と勇気をふりしぼって、悩みを打ち明けた。母は、たくましく「星になるんや」といった。それで、一瞬、解決、安心してみた。しかし(今まで、死んだ人は、何人あるんだろう?)(人は、祖先が何人いるんだろう)(隣のタッチャンは、祖先が違う)私は、見える星を数え、(確かに無数の星があるが、これで全ての死んだ人の数に足るのだろうか)そう、考え少年の悩みは、いつか性と変わって行った。
これを見ても人間には死を考えたり、恐れたりする本能があるらしい。