若者がクルマから離れたのか、
メーカーが若者から離れていったのか
(離れる以前に近づいてない?)

日本では今、若者のクルマ離れが激しく、
それが国内市場の縮小につながっている。
日本自動車工業会の調査によると、
大学生の「興味ある製品」でクルマは
17位(20年度)と40~50歳代が大学生だった
当時の7位から後退している。
「ハンドルを握ったときにワクワクする
クルマをつくりたい」。
豊田章男社長はこう言い続けてきた。
一方で「クルマから離れているのは若者ではなく、
メーカーなのでは」とも話す。
なぜ、若者から離れてしまったのか。
その答えを探すとき、
ひとつの参考となるのが英二氏が目指していた
クルマづくりとは何かと考えることだ。
(笛吹けども踊らず?)

◆「次の次」を読む天才エンジニア
「英二氏は常に次の次を見ていた気がする。
時代が、世界が何を求めているのかを
問い続けてクルマをつくっていたのではないか」と
前出の関係者は分析する。
事実、大衆車「カローラ」を発売後、英二氏はこう語っている。
「カローラはモータリゼーションの波に
乗ったという見方もあるが、
私はカローラでモータリゼーションを
起こそうと思い、実際に起こしたと思っている」
会長時代には米国で「ブランドの奇跡」とまで
称された高級車ブランド「レクサス」を立ち上げた。
世界初のハイブリッド車「プリウス」も、
英二氏の「21世紀にふさわしいクルマをつくれ」という
言葉がなければ実現しなかった。

英二氏は大衆車からスポーツカー、高級車、エコカーを
世に送り出し、トヨタを世界的な企業に押し上げた。
(家賃2万7千円・・・駐車場代に月3万円・・・)
ただ、遺産はそれだけではない。
国内外の製造業の手本となるものづくりの
基礎を築き、世界中に生産革命を起こしたのだ。
(自動車メーカーは、部品つくってる下請けの派遣社員が
車を買う余裕あるかどうか考えれば、
売れなくなった理由分かるだろ !)
若者のクルマ離れ