歴史のことば劇場80 




  ケインズは有名な『平和の経済的帰結』(1920)で、

「レーニンは、資本主義の体制を崩壊させる最善の方法は通貨価値を下落させることだと断言した…

インフレが長引く過程で、政府はこっそりと誰にも気づかれずに国民の財産の大部分を没収できる」と述べました。 

 また「レーニンはたしかに正しかった…既成の社会基盤を覆すのに通貨価値を下落させることほど巧妙で確実な方法はない」

「物価統制という形をとった法の力で偽りの通貨価値が維持されたとしても、そこには最終的な経済衰退の種が潜んでいる」と。 

 もちろん現今のインフレは、革命への謀略ではなく、金融緩和や財政拡大、戦争や紛争、円安などの影響のようですが、

しかし、かつて世界中のインテリには「社会主義は、より合理的で、公正な、夢の世界の構築を約束する」との強固な信念がありました。 

 これに対抗したのが1920~40年代のミーゼスやハイエクによる自由主義経済論(社会主義経済計算論争)であり、

社会主義の影響で人間は誤った方向への進歩を探求していると考えた。

「我々は生産手段の私有や貨幣の使用から一歩づつ遠ざけられるごとに、合理的な経済からも遠ざかっていく」―

このミーゼスの主張は、後のケインズとハイエクの間の論争の核心をつくもの(N・ワプショット)でした。 

 ハイエクによれば

「社会主義社会では市場価格が無視されることで、個人が社会に独自に貢献すること…ある価格を支払おうとすることにより、モノやサービスの価値に対する意見を示すことができなくなる」。

市場価格を政府機関が操作すれば、個人が「売買を通して投票する」ことを封じ、個人の基本的な自由を奪うことになる。 

 いっぽうケインズは

「個人主義的な社会を放置しても、うまくいくどころか、ほどほどにも機能しないことは明らか」とし、権力ある立場の人々が正しい決定を下しさえすれば、人生は本来のように厳しいものではなくなると考えた(同)。

けれども、ハイエクの考えでは、

一般的な物価水準の指標からは、景気循環のプロセスに関する情報は読み取れず、ましてその情報を適切なタイミングで得るなど不可能だ、

残念ながら人間は、他のあらゆる自然の法則に従わざるをえないのと同様、経済の自然法則にも従って生きる運命にある。

人間の認識能力には絶対的な限界があり、それゆえ個人が自由に競争する社会は不可欠であり、自然の法則を変えようとする試みは、たとえ善意からであっても想定外の結末に終わる、と。 

  この両者の経済思想の明白な相違が、今日までつづく公的資金や市場介入をめぐる対立や論争に通じるのは明らかですが、

現今は「金融緩和」や「ゼロ金利」ではなく「金融正常化」「利上げ」へ、

また財政規律の厳しいドイツが中・長期的に復活して日本をGDPで追い抜き、世界最高水準の生産効率を実現した事実からも、

どうやら思想的には社会主義からケインズそしてハイエクへ、

より「自然」で「謙虚」「非権力的」な経済体制という資本主義本来の「不断の進化と革新」(シュンペーター)の時代へと向かっているのではないでしょうか。