歴史のことば劇場95

 “保守主義”の経済思想 



 昨年末、お米が店頭で大量に売れ残りながら最高値を付けるという奇妙な現象が報じられました。

米価や需給の予見は未だに困難なようですが、

保守主義の祖、E・バークによれば(J・Z・ミュラー『資本主義の思想史』、池田幸弘訳)、

大抵の人間は、日常的な食料市場がどう機能しているか理解せず、取引に関わる人々に対して偏見を持っている、

しかし「賢明な国家ならば、その偉大さの第一原理として大切にし…賛美すべき貪欲さ」について次のように述べました(1760)。 

「利益を愛することは、それがしばしば馬鹿げたものに至ったり…悪しき過剰になったりするものの、すべての国家が繁栄するための偉大な原因である。

この自然でもっともな、力強く豊饒な原理を前にして、風刺家はそれが馬鹿げているという…

道徳主義者は悪徳であるという…

同情的な者は厳しく残酷なものとして否定する…

しかし、優れた点も未完成な点もひっくるめて…自然の一般的エネルギーを利用する際には、あるがままの状態でそれを受け取るのは政治家の役割である」 


1794・5年は不作で食料価格が上昇し、政府は食料価格下げるか、労賃を上げるべく介入せよと議論された。

しかしバークは、その結果は意図したこととは正反対に終わると述べた。

高賃金を設定すれば、労働需要の減少を招くか、労賃の上昇から食料価格は高騰する。労働者は一時的な利益こそ得るが、雇用者の利潤は犠牲となり、長期的には賃金の持続的上昇を可能にする資本蓄積の過程を遅らせるか、反転させる。

その結末は平等化であるが、多くの人が貧しくなる平等化だ。

 生活向上につながる条件が何であるかを人々が知らないのは「普遍的富裕」にとって脅威である。

 大資本は小さな利ざやで操業できるから、最終的に生産者も消費者も利益を上げる。しかし貧者は、資本蓄積において金持ちが果たす役割について理解せず、彼らを嫌い、自身の利益に反した行動すら起こす。

  また、商業や交易は、決してゼロサムゲームではないのに、競争市場の貪欲さが生みだす長期的利益の効果は、人間の直観に反するので、理解されない。

しかし、何も知らない貧者や見当違いをした権力者に影響されて市場に介入する政治家に対し、警告を発するのは言論人の責務である。

晩年「私は非常に若い時から議会での職を終えるまで、経済学を私のつつましやかな勉学の対象としてきた…偉大な学識者は、私の研究が全く捨て去られたものとは思わず…私と意見を交えてくださった」

と述べたが、これはA・スミスについて語ったものとされます。

  「政治家にとって、資本をどのように使うべきか…議会でも安心して任せられない権限、自分こそがそれを行使する適任者だと思い込むほど、愚かで身のほどを知らない人物がこれを握れば、危険この上ない権限を引き受けることになる」(A・スミス) 

  要するに、一般的な先入見や嫉妬心と戦うこと、短期的で政治的・道徳的圧力が国家の長期的な利益を脅かす場合、これに耐えるよう立法者を支援しなければならないのではないでしょうか。