北九州地方は線状降水帯に見舞われたそうで、昨日から断続的に雨が降り続いているが、今は空が明るくなって、小糠雨程度になっている。前の川は土手の半分近くまで水かさが増え、ゴウゴウと茶色の濁流となっており、よく観察していると時折枯れ枝や草なども混じっている。この川の下流には地下に調整用の池が作られているので、水害の心配は無いと思うが、やはり水害は怖い。高齢者は避難せよと携帯に連絡が入るが、もうそれも慣れた感じで、半ば無視している。地形的に山崩れの心配は無いし、せいぜい床下浸水くらいのものだ。

 先週、数年ぶりに兄弟寄りを催した。新型コロナのために兄弟旅行を中止していたのだ。私は五人兄弟の長男であるが、夫婦で健康に黄信号がともり始めたので、墓をどうするか、兄弟で意見を纏めたかったのだ。午後に我が家に集合し、墓問題の意見を述べ合って纏めた後に、スーパーで買ったにぎり寿司を食べながら宴会。昔はビールの他に日本酒二本くらいだったのだが、皆年老いたか、日本酒半分、焼酎少々程度だった。

数年ぶりに五人兄弟が集まって記念撮影


 宴会の後は麻雀。実に30年ぶりくらいだろう。私は足が自在に動かなくて、座れないので椅子を持ってきた。牌を並べるにも手先が不自由で、もう麻雀は電動式じゃないと駄目だと自覚した。それでも弟たちの手助けもあって、ハンチャンした。開始早々に3男が「メンタンピン サンシキ ドラ3」の倍満をツモ上がりしたのだが、私は粘ってオーラスの「ピンフー ドラ3」の満願を上がって最後にトップを逆転。昔のように勝負強さを発揮したのだった。弟達が兄を立てたのだと言うが、それは違うと思う、やはり経験の差はおおきい!

 麻雀は四人しかできないので、次は5人全員で遊べるトランプでのオイチョカブ。花札はあるが、トランプの方が計算が瞬時でできるので簡単だ。オイチョだのカブだの、ワァワァ騒いで午後8時に終了した。結果は麻雀と合わせて私(長男)と次男が勝ち、負けは3男と5男。まるっきり30年前と同じ構成。年を経ても習性は変わらないようだ、それにしても楽しい時間だった。五人とも還暦を過ぎ町内会などの役職はあるものの悠々自適の生活を送っている。それぞれ苦労は背負ってはいるのだろうが、
幸せに暮らしている。それが嬉しい。

 最後に今年は秋に是非とも兄弟旅行を復活しようと約束して散会した。(一人は山口県なので家に泊まった)

昨日のスイカミニ畑。ソフトボール大が2個、ピンポン玉大が2個ほど隠れている。花合わせの肝心な時に天気が悪くてめしべが無駄になったのが多かった。






 この1週間、小倉は天気が良く毎日が夏日、時に真夏日の暑い日が続いた。妻はすっかり元気になって体力的には問題無いけれども、緑内障が悪化してほとんど視力を失ったため家事は無理なので、私は主夫業を専門として家事を私なりにこなしている、ただ、娘からはまだまだ不十分だと言われているが、まぁそれなりに暮らしていければと聞き流している。
 パーキンソンは確実に進行しているような感じで、身体全体の動きがぎこちなく、動作も遅い。だから何をするにも時間が掛かるので、自分の時間が取れないのが悩みだ。そんな中、今年も近所の私と同世代の植木職人さんからスイカを植えましょうかと提案があったので、喜んでお願いすることにした。5月の始め、GWの期間中のことだ。ある朝、朝食を食べ始めた8時、チャイムが鳴って出ると、植木屋さんが、「スイカを植え終えたので毎朝夕に水を遣ってくれ」という。苗は接ぎ木苗で3株、去年と同じように道沿いの畝に植えられていた。スイカは連作は駄目と聞いていたが、接ぎ木苗なので、まぁ問題無いだろうと水遣りを欠かさず10日ほど経過したのだが、連作の弊害?かもしれない葉が開かない現象が発生した、3株のうち、1株が全部の葉がアウト、1株は半分だけがアウト、1株は正常だった。
 調べると、土中の窒素成分が多すぎるとその様な状況になるらしい。対策は無く、植え替えするか、毎日水を遣って奇跡的に治るのを待つかしかないようだ。
私はその日のうちにホームセンターに走ってスイカ苗を購入しようとしたが、もう販売時期は過ぎていて在庫はゼロ。仕方ないので種を買ってきて種から育てることにした。この天気だ、なんとかなるだろうと。3日で芽が出て、今月末に植え付けられれば1ヶ月遅れで成るだろうという目算だったのだが、3日経っても、4日経っても、芽が出ない! これは大変だと再度別のホームセンターへ。すると運良く売れ残っていたスイカ苗があった、それを3株と花と野菜の土を一袋買い、畝の土を入れ替えた。これでスイカの株はだめと判断した1株を取り除き、残った2株+新3株の5株となった。半分アウトだったものも土の入れ直しなどで、すっかり完治したので良かった。それにしても、この忙しい中で、スイカ騒動。順調に育ってほしい!

子蔓が伸び始めた最初のスイカ苗と植え付けたばかりのスイカ苗


枇杷の収穫期? 例年6月1週目に収獲している枇杷、そろそろ収獲です、でも今年は剪定したので数が少ない。



 大の里、よくやった! 昨日の相撲、勝った瞬間、見ていた父親が涙を流していたが、私も思わず涙が出た。やっと、日本人の強い関取が出てきた!と。
 相撲界はモンゴル勢が席巻していて、面白くなかったのだ、尊富士に続いて若手の台頭にほっとした心境だ。横綱、大関が不甲斐ないと思える相撲界に新風を吹かせてくれる。大谷翔平のような「気は優しくて、力持ち」の雰囲気があって、非常に好感が持てる。来場所が楽しみだ、全勝優勝するかも!




 GWが始まった。今年は10連休の会社もあるそうで、毎日が日曜日?の私でも羨ましい感じがする。異常な円安をものともせずに海外に出掛ける人も多いそうで、勝ち組人種は、「我が世の春」を謳歌しているようにみえる。昨日の衆院補選の結果をどのように評価するか、円安と相まって、今我が国は大変な危機を迎えていると思わざるを得ない。現役を離れてもう数年、透明感を持って世の中を眺める心境も板に付いてきた。逆に言えば、今を生きてゆくのが精一杯の私が、どうあがいても世の中は変わらないと諦めている・・・?

 さて、この1ヶ月、色んな事があった。写真をベースに振り返りたい。
まず3月の下旬。私の77回目の誕生日が来た。「喜寿」を迎えたのだ。お祝いは何が良いかというので、県南だったプラネタリウムに連れて行ってもらった。八幡東区のスペースワールド跡地にできたスペースラボ内にプラネタリウムがあって、面白いと聞いていた。ソファーに座って天幕に写る星々は、その輝きと興味深いエピソード紹介などで面白かったのだが、暗いこともあって、後半の半分以上は寝てしまって残念だったが気持ち良い睡眠だった。

●スペースラボで展示されているアメリカのアポロ計画(スペースシャトル)。 この他、「月の石」や「シャトルのエンジン」も展示されていた。


●アポロ計画初期の頃の帰還船?


●3月27日 忠霊塔(平和公園)にて、桜の開花を確認した。昨年より7日遅れ。


●3月の下旬に収獲した夏みかん(ハッサクかも知れない) 今年はあまり酢っぱく無くて好評だった


●妻は週2,私は週1でデイケアに通っている。デイケアは和気清麻呂がイノシシに先導されて足の傷を治した湯川の地にあって、桜の名所としても有名なところにある。4月5日、満開の桜をバックにデイケアで妻と。


●翌6日、平和公園でアンちゃん家族とお弁当を持って夕方に花見。






●玄関の石柱にアゲハチョウのさなぎが居を構えていたが、4月7日に羽化した模様。残念ながら羽化の瞬間は見れなかった。



●夕方の花見で寒かったのが悪かったが大変な事態に。7日、日曜日だと思うが、朝から身体がだるくて頭も冴えない。熱っぽいので体温測ると37.5℃。疲れが出たのかも知れないと早めに寝たのだが。熱は38.5℃まで上がっていた。これを聞きつけた次女が夜分にかかわらず駆けつけてきてくれた。翌朝一番に掛かりつけ医で診察した結果、新型コロナの陽性反応を検出。五日間の自宅籠もりを指示された。2回目の感染だった。そして、またしても妻も発熱。夫婦で罹ってしまった。ただ私は薬のおかげか、1日で熱が引き、妻も3日で快復した。またまた入院にならなくて良かった。 しかし、2度の感染の原因は私。どこで誰からもらったのか、分からない。3度目は許して欲しい。

●4月13日 ご近所で藤の花が咲いているのを見かけた。その他にもハナミズキやツツジなども咲いていて、まさに春爛漫。


●GWの初日、27日の土曜日、妻を乗せて車を運転して中間市の義姉宅へ。およそ1年ぶりだ。仲が良い姉妹で、お互いに涙、を流して喜んだ。
この時期にはスイカは東京に全て出荷しているという熊本スイカを手に入れたと、スイカをご馳走になった。甘くて旨かった


●28日、奏汰君が枇杷の袋掛けの応援に来てくれた。体力が低下してしんどくなる作業なので応援は嬉しい。間引きの仕方、袋の掛け方などを教えてスタート。やはり作業は早い。今年の出来はどうなんだろうな、と楽しみだ。QW中に、袋掛けを終えなければ。




今月はアップテーマがたくさんあったのに、深掘りできず、残念だった。来月は月2を目標にアップしたい。