立秋をとうに過ぎ、昨日が処暑。暦の上ではもう秋なのだが、8月に入ってのこの殺人的暑さはどうだ。新型コロナの問題もあって、毎日ひっそりと暮らしている。北九州市ではこのところ毎日感染者が発生しており、特に高齢者の割合も高い。何とかこの時期を乗り切らなければならないと手洗い・マスクは当然のこと、外出にも気を遣っている。おかげさまで我が家は夫婦二人とも元気だ。ただ、昼間の暑さには閉口している。何とか午前中はエアコン無しで扇風機だけで過ごしているが午後はエアコンに頼っている。TVに寄れば、夜中もエアコンを入れっぱなしが良いと言うので、これ幸いと仰せに従い、快適に眠っている。何しろ毎夜熱帯夜なのだから。それでも今朝、七時前に窓を開けるとかすかにひんやりとした空気が漂っていて、嬉しかった。間違いなく秋は来ていると。

さて、この1ヶ月間、ブログを更新していなかったのでその間の出来事を数件。

まず私の山遊び。先のブログで蝶の採集を目的とした山遊びはもう出来ないかもと書いたが、それが本当になれば悲しい。せめて身体がまだ動く今年だけでもと思って、7月25日に英彦山にオオムラサキを求めて出かけた。自宅からおよそ55キロ、1時間で着いたのだが、なんとオオムラサキの穴場に通じる町道が落石のために通行止め、仕方なく遠回りだが国道を通り銅(カネ)の鳥居を抜けて折り返すことに。10時過ぎにやっと着いたのだが・・・・・。

 英彦山のオオムラサキの穴場は5カ所ほど有り、銅の鳥居付近の2カ所はみんな知っているが、他の3カ所はまだ知られていないようだ。その中の1カ所はクヌギが綺麗に伐採され、空き地になっていた。また別のところは林にロープが張られ、進入禁止になっていた。いずれも椎茸の栽培のためなのだが、がっかりした。これではもうオオムラサキは採れない。久住でもクヌギ林の伐採が行われていたが、毎年昆虫採集者には厳しい条件環境となっている。結局,この日は何も収穫はなく、道の駅でスイカや枝豆を買って帰った。来年はどうなることだろうか。久住も環境が変わっているだろうし、私の気力・体力・能力はどうなっているだろうか。

クヌギ林の入り口


ロープが張られていたクヌギ林の中



氏神様の夏越祭(茅の輪くぐり)7月31日



お盆にファミリーが集まって。
15日に娘達2家族が集まった。料理はお寿司とピザ。ピザはじゃんけんで選ぶ順番を決めます。




奏汰君に肩車されて喜ぶアンちゃん。


和音君、アンちゃん英彦山登山
和音君が所属しているサッカークラブが解散することになって、そのお別れ行事として毎年合宿をしている英彦山の山頂に登ると言うことになって、アンちゃんもママと一緒に参加した。銅の鳥居から石階段を1時間半掛けて登ったそうだ。5歳のアンちゃん、頑張りました。(翌日足が辛かったのはママで、アンちゃんと和君はなんともなかったらしい)







 梅雨前線も南に下がり福岡は所々青空が臨いている。この前線も今週末には韓国付近まで北上し、梅雨明けになるのも間近だと聞いている。九州では今年も線状降雨帯が発生し、多大な被害を受けた。幸いにも我が家は無傷ではあったが、それでも前の川が氾濫した場合は基礎のエア抜き部に水が押し寄せるかも知れないので、その防水対策などを施した。エア抜き部に板を張り土嚢で固定しただけの対策ではあるが無いよりは増しだろうという程度だが。床上浸水となればもう対策は無理だ。逃げ出すしか手は無い。

 所々青空が臨いて日射しも照っている、いつもの散歩道を歩きながら考えていた。ハイキングロードできちんと整備されているが、雨水で流された枯葉が側溝にここかしこと溜まっている。公園内はまだ水たまりも残っていて、横断するときは靴が濡れないように進路を確認する。夏の盛りの蝉時雨ほどでは無いが、「みんみん、ワシワシ」と蝉の鳴き声も元気が出てきたようだ。公園横の渓流は,普段はほとんど枯れているのだが、水かさを増してゴウゴウと音を立てて流れている。長く続いた雨のために土砂も少なくなったのか、透明に近い水色だった。蝉の鳴き声と渓流の水音、癒やされる空間だ。

 丁度1ヶ月前の写真。梅雨に入った頃
 

 そしてまた考える。いよいよ来週は夏本番。「さて、どうする?」
昨年はパーキンソン病のために山遊びは止めていた。今年は? 新型コロナ対策で屋外活動は基本的に自粛しているのだが、政府のGO TO政策などをみると、もう自粛はしなくても良いのじゃないかとも思える。それに、私の病気も最近は薬が効いて以前よりも楽になった。このまま大好きな山遊びを止めて,心残りはないか。無理?してでも最後の年と思って英彦山のクヌギ林を眼に入れておいた方が良くないか? 車の運転は今のところまだまだ大丈夫だし、眼も先日メガネを買い換えたばかりで問題無いし。久住は先週の大雨で玖珠側が氾濫したし、遠いので諦めるにしてもせめて英彦山でオオムラサキを見たいものだ。

 家のこともどうするか。このところ妻は不要物の整理、片付け、5年後、10年後の在り方などをキチンと纏めておくように私にいう。今年は姉たちが続けて他界したのも関係しているようだが、自分の老い先を身近に感じるようになってきたのかも知れない。
 私の父は植木が好きだったが、晩年はミカンやサクランボなど果樹の苗を買ってきて植えていた。花を愛でるのも良いが、孫達に果樹も食べさせたいと思ったのかも知れない。で、その中に枇杷の苗もあった。20年ほど前に家を建て替えたときに多くの植木を処分したのだが、枇杷は菜園の北の端っこにちょこっと植えていた。そして数年、枇杷の木が大きく育ち、実が成り始めた。食べてみるとこれが甘くて美味しい! これは儲けものだと喜んで枇杷農家ばりに素人ながら時期には剪定し、袋掛けをして美味しい枇杷を楽しめるように頑張ってきた。

 ところが枇杷の木も大きくなって今では菜園のほぼ60%を占めるようになってきて、夏ミカン、温州ミカン,イチジク、金柑などを脅かすほどになった。脚立などに登って枝を剪定し、袋を掛けるにはあまりにも大きくなりすぎたのだ。そのため、昨年秋から婿殿に頼んで大幅に剪定してもらった。私が身体が不自由になったのも原因の一つだが。その結果、今年は枇杷のみが南方面と西方面の一部にしか出来なくなった。(枇杷の実は新枝の2年目に出来る)要するに東と北側は境界の関係もあって枝を全部切り落としていたのだ。もちろん中央部の高いところも。

 で、今年の収穫は、といえば。危惧していたのだが、やはり数が少なかった。暖冬で実は枯れることはなかったが、強風が多かったので実の茎が折れてしまったと、一部の枝に実が密集していたので、水分が不足したのためだ。袋掛けした中で駄目になっていたものが約半数もあった。やはり枇杷は強風、寒さに弱い。路地物じゃなく温室栽培じゃないと商売にならないとつくづく感じた。

5月、袋掛け。南・西方面


収穫してまぁまぁ良かったもの


来年はどうするか、枇杷の木と対話しながら考えることにします。

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新型コロナのために幼稚園が休みだったアンちゃん、家でパパと絵本を作りました。
「ぐりとぐら」のお話し。
ネズミのぐりとぐらの家にサンタクロースがお客さんでやってくるというもの。20ページ近い大作です。