あと1週間で正月だ。正月までにはとしなんてでも退院して欲しい、食事を頑張って食べてくれ、と妻に毎日のように言っていたが、妻もそれに応えて何とか量50%を維持し、点滴が外れ、むくみも取れ、目つきもしっかりし、介助付きではあるが歩く事も出来るようになった。今は毎日、歩行を主体としたリハビリしている。やはり、体力は食事からだ。と言うことで、退院がクリスマスの25日に決まった。妻は涙を流して喜び、私も凄く嬉しい。けれども手放しで喜ぶことは出来ない。妻の胃はデリケートなようで、むかついて食事を受け付けないこともあるのだ。自宅で食べなくなると、元の木阿弥となる。訪問介護を考えてはいるが、順調に食欲が改善して欲しい。妻は「もう入院はしたくない、だから頑張って何でも食べる!」と表明しているが、胃が痛んでいるのは間違いないようだから、最初はお粥食だ。それでも、クリスマスの25日が待ち遠しい。2ヶ月ぶりに妻が帰ってくる。忘れることが多い妻だが、自宅は覚えているだろう、孫達にも会いたいと言っているから。

11月末の平和公園、銀杏が綺麗でした。


森林公園入り口の柿の木。鳥たちが食べ残した柿が寂しそう。


中国の易経に「積善の家には余慶有り」という言葉があると、私がお世話になった関連会社の友人Mさんから教えて頂いた。「善を積んで来られた方々の家には慶びが余りあるほど来る」との意味で、私を励ましてくれたのだ。40年来の友人で、私と同じように孫達に囲まれて悠々自適に暮らしている。彼のこの言葉によって、いかに元気を持てたか、希望を信じることが出来たか、感謝・感謝です。Mさん、ありがとうございました。

昨日、寒気が押し寄せて、我が家にも雪が少しだけ。アンちゃんは学校で雪合戦したらしい。


孫達も冬休みに入って、25日はばあばと逢えるようだ。妻も楽しみにしている。その日は総合病院で検査もするので、疲れるからクリスマスパーティまでは計画していないが、妻がどんなに喜ぶか、観るのが楽しみだ。


今日から霜月、秋たけなわのはずだ。店頭には柿やミカンが並びだして美味しそう。けれど、体感は「夏」 暑い! ここ数日、夏日が続いている。朝夕はそれなりに爽やかで涼しいのだが、お日様が出るとみるみる気温が上がる。せっかく仕舞い込んだ夏の半袖服を慌てて出す始末だ。この暑さはあと数日続くらしい。その後は急に下がるのだろうか。身体が気温に追随できるか、心配ではある。
 このような夏と秋の混在した環境の中で、それを実感した事柄を紹介する。

まず、夏の定番、すいか。盆明けに虫たちによって受粉したスイカ、この暑さを糧にして枯れることなく順調に育って、今日の朝、収獲した。直径約13センチ、重さ1.3キロの、小玉だ。まだ味見していないが、色合い、種の付き具合からまず問題無いだろう。11月収獲なんて夢みたいだ。





続いて秋の味覚、みかん。これは我が家の物置の裏にひっそりと植えている温州みかん。早生ものだが、それが実を付けた。実は9月に
色付き始めていたのだが、異常な暑さのために、ミカンの房が裂けて捨てていたのだが、その暑さを乗り切ったものだ。



いくつか収穫して食べたが、結構甘くて店頭ものに負けずに美味しかった。


キンモクセイが今年も咲いた。2週間前だが今年もよい香りを届けてくれた。


最後に、福岡のB級グルメ、ラーメン。
あんちゃんと氏神様(妙見神社)を経由して妻方の菩提寺にお参りを兼ねてウオーキングに出かけた。その帰り、昼食時だったのでラーメン屋に二人で入った。で、二人ともチャーシューメン。現役を退いてもう10年? ずいぶん久しぶりだ。豚骨スープはうまいが、体調を考えて飲まなかった、


妻がネフローゼ症候群による筋力低下で入院して1か月となる。ほぼ毎日面会に行っているが、妻は、「もう寝るのは飽きた、家に帰りたい」と涙を流して看護師さんに訴えていたらしい。ちょうどその時刻に私が赴いたので、大泣きすることもなかったが、私としても妻を早く引き取りたい。食欲さえあれば。体調というか、手足の運動能力には問題ないのだから。なぜ食べられない! 娘に今朝の状況を聞くところ、家に帰りたいなら食べなさいというと半分くらいは食べたといってた。胃が苦しい中、妻も頑張っている。正月には家族そろって、を合言葉で頑張らねば。


 
 気がつくと前回記事から1ヶ月半経っている。この間と言うか現在は我が家の危機で有り、大きな試練を受けている。8月の盆明けに夫婦揃って新型インフルに罹り、私はすぐに治ったのだが、妻は体力が落ちて歩けなくなり救急車で入院する羽目になった。そして2週間ほど入院して新型インフルは治癒したのだが、コロナ菌が悪さしたのか、後遺症なのか、拒食症状態となり、かつネフローゼ症候群という厄介な病気を背負って退院することになった。ネフローゼというのは血液中の栄養分が何故か尿に流れ出て、体力が低下するという。拒食症のため、食事を殆ど摂らず日毎に体力が落ち、自力で歩けない状態に陥った。退院直後は拒食症を甘く見て、まぁ少しくらいは食べるだろうから自宅看護で行けるだろうと思っていたのだが、妻の拒食症は頑固で1日にお粥を小さじ3杯くらいしか食べない日が続いたので、これは効果が見込めなくても病院で点滴をしなくては死んでしまうと考え、娘達は入院できるディサービスやデイケアでリハビリを兼ねて治療することを進めたが、私は妻の状態から、「自力歩行出来なく、拒食なのにディサービスは行けない」と、判断したのだ。娘達は妻が拒食とは云うものの、上手に勧めればわずかでも食べると信じていて、要するに私の看護が十分ではないと思っているのだ。

 日に日に衰弱してゆく妻を見て、これではいけないと、入院できる施設・個人病院等を探していたが、ネフローゼ治療の総合病院の1ヶ月診断を受けた結果、即日入院となった。やはり、先生も病院で点滴を打って、症状に応じて適正な利尿剤量を処方することが1番だと思ったのだろう。そして今月の2日、妻は総合病院に入院することになった。入院して今日で8日目だが、点滴で膨らんだ足のむくみや張りも徐々に少なくなっている。食事もわずかながら食べ始めたようだ。何となく先行きに明るい日射しが指してきたように思う。

 ここ数日、急に寒くなって、風呂は昨日はシャワーではなく4ヶ月ぶりにお湯を張った。一人しか入らないのでもったいないのだが、お湯が恋しかった。妻には治ったら温泉に行こう!と言っているが、妻は気力を無くしていて前向きの言葉が少ない、面会は毎日行っているが、
「家に帰りたい」「このまま死んでも良い」「私にちゃんと食べているか、野菜を食べなさい」と必ず言う。私は「食べなさい、食べると全部が良くなるから」と毎回言う。私の望みは妻にもう一度綺麗な正装でお化粧を施した姿を見たいこと。このままじゃ、辛すぎる。

 妻の病気の件もあって、2ヶ月間ウオーキングに行ってなかった。今日は久しぶりに2時間ほど時間が出来たので氏神様である足立山妙見宮経由で歩くことにした。6月までは毎月1回は妻と参拝に来ていたのだが。妙見宮で妻のこと、私のこと、いろんなことをお願いした。
お願い事が多すぎるので、優先順位をつけたが。

2ヶ月ぶりの足立山妙見宮


今頃絶好調 季節外れのスイカ
8月に最後のスイカを収獲した。忙しかったのでスイカ園をそのままにしていたら、9月が暑かったためか、蔓が元気に伸びて伸びて。その中に立派なスイカが出きていた。これは儲けものとにやり。他の蔓にも大きな赤ちゃんスイカを抱えた雌花がたくさん出来ていた。これが2ヶ月前なら大喜びなのだが、これらが日の目を見ることはないだろう。

繁茂しているスイカの蔓。雌花が5個以上見つかったが、受粉は断念。

収獲予定日まではあと10日以上、寒さに耐えられるだろうか。