感謝します。
インドでの生活に終止符を打ち日本に戻ってきました。
私が住みたいと思えば日本で生活する事もできました。
しかし、1週間住んでやはりここはいたい場所ではないのだと感じました。
親の特に父の私に日本にいて欲しい気持ちはよくわかるのですが、それが出来ない事を説明してわかって貰えました。
オーストラリアに戻ってもまた初めからやり直ししなければいけませんでした。
住む所を探し仕事も探す事から生活が始まりました。
やめた仕事に戻る事は出来ませんでした。
何度か校長に連絡してみましたが、再就職は無理とのこと。
昔は、ベビーシッターをしていたのでその関連会社を通して、住み込みのベビーシッターが決まりました。
それが、2週間目ぐらいで決まりましたが、昔の友人から仕事を勧めてもらいました。
その仕事は、日本語教師養成講座でした。
新しく講座を立ち上げるのでその講座を作りあげる作業に惹かれこの仕事を受ける事にしました。
講座用の教科書を作り、授業を教え、実践をしてもらえるようオーストラリア人の生徒を集めるなどやりがいのある仕事でした。
まだ、1年目で講座の存在をわかって貰えるよう出来るだけの事をしました。
経済的に余裕がないので、事務所でも働かせてもらい、事務作業もしました。
はじめは慣れないので何をどうしたら良いのか戸惑いましたが、まずはやってみるしかないと思い慣れるように工夫しました。
こうして、1年が経とうとした時、働く条件の悪さにだんだん気付き、これでは精神的にも肉体的にも限りがあると感じ始めました。
事務の仕事は、週に2日なのですが、量もたまりそれをこなしていくうちに、ある日夜中の12時まで働いていました。
この時に、これが私のしたい生き方なのかと思い真剣に次の仕事を探す活動を始めました。
この仕事についている間、自分の健康維持の為にヨガを始めました。
以前もした事があったのですが、ちょうど事務所と同じ建物内でやっているヨガに通いだしました。
インドで思いっきりなまってボテボテになっていた体を引き締め、事務所でのコンピュータを使いガチガチになっていた体をほぐす事ができたのもヨガのおかげです。
そして、精神的サポートは、以前からある事は知っていたスピリチュアルのグループが行なっている催し物に参加してそこの来ている人と友人になることで得ることが出来ました。
この時に知り合った人から霊気を学びマスターになる資格を得ました。
このような状況で、何か次に出来る事がないかと模索しながら行動した事で、クイーンズランドからお声がかかりました。
この学校は名前も聞いた事のないような街でおまけにディスタンスエジュケーションー遠隔教育という分野でした。
決めるまでは、不安でどんな所なのか、遠隔教育とはどのようにして行うのかと決心がつきませんでした。
ただ、今の現状でずっとやっていけないと強く感じていたので、思い切って飛び込む事にしました。
この新しい環境は、次への扉を開くきっかけとなりました。
次回は、新しい環境での生活について書きますね。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
