・常磐線
 浪江→原ノ町
 仙台行きの列車が入ってきた。これに乗車。
 仙台から電車一本で、来れるようになったということは、きっと浪江町にとっても大きな一歩になるんじゃないかな。
 再び常磐線に乗り北上する。すぐに高校生たちがどっと乗ってくる。一駅、二駅の違いでここまで変わるのかと驚く。みんな、学校ごとや部活ごとに固まって、お喋りしてて車内は賑やかになる。
 さて、浪江町から数駅行ったところにある原ノ町。高校たちと一緒に下車。
 原ノ町駅。高校生たちは、チャリやら、お迎えの車やらで早々に捌けていった。
 最初は、時刻表上の、要所とはなっているものの、原ノ町と聞いてももピンと来なかったのだが、福島県南相馬市の原ノ町地区と聞いて、なるほどと合点。

 駅前を歩く限り、全然普通の地方の街。高校がいて、車が走ってて、駐車場の馬鹿でかいコンビニ。少し古びた商店街と、その中で目立つ(浮く?)新しいオシャレな飲食店。
 ここから先は電車も本数あるので、少し余裕を持ってまわれる。
 古い建物の、新しい建物と、普通に入り混じっていて、この辺は津波の影響はほとんど無いんだなぁとブラブラ。
 おっ、ナンバーズ銀行!久々やね(笑)
 至って普通の街並み。右側に見える観光協会に立ち寄る。
 こちらでは、300円で自転車を貸してもらえた!
 申請用紙に記入して、荷物を預かってもらう。すると、観光協会のおじさんに「大津からですか」と話しかけられる。

「私も大津にいったことありますよ。もう19年ほど前だけど」
「ほぉ、お仕事ですか?」

「いや、趣味でね。えっと、大津のなんてとこだったけなぁ、ほらぁ、ミズノクラシックで……」
「あぁ、瀬田ゴルフコース?」

「そうそう、それそれ!よく分かりましたね。」
「僕、瀬田からなんで……(笑)」

「そうなんですね!いやぁ、懐かしい。大津駅で降りたんですけどね。何もなくてビックリしましたよ。官公庁街なのにホテルもなくて、こんなんで大丈夫なんだろうかとねぇ。一緒にいった友達は奮発して、高いところ、ほら琵琶湖畔の高層ホテルに泊まってたんですけどね、僕は京都に泊まりましたよ。今は立派になってるんでしょうけどね!」

 もう苦笑いするしかない。今でも、山口駅を除いて全敗の大津駅である。「最近、カプセルホテル出来ました!」というのも恥ずかしので、「まぁ、京都駅が10分ですからねぇ。あと、その大津プリンスも今では修学旅行生が泊まるくらいに安いみたいですよ」と答えておいた。

 さて、チャリを借りて駅の反対側に向かう。荷物も預かってもらえたし、チャリは快適だなぁ。
 線路を渡って海の方へ
 コンビニや飲食店が道路に沿って並んでいる。やっぱり、この辺は普通の街並み。南相馬市でも、この辺りはは大丈夫だったんやなぁと安堵するが、そんなに甘い話ではなかった。
 ネックとなる国道6号線を渡って、東に進むと
 少しずつ、違和感が顔を覗かせてくる。どんどん潮の香りがしてくると共に人気がなくなり
 目の前には、だだっ広い大地が広がる。
 んー、以前のこの土地がどのような場所だったのかを見たことがないのでわからないけど、「ここいら一帯は元から全部、田んぼだったんですよ」で終わらせるには、無理がある光景が広がる。
 やはり、海岸には出られないようになっていた。
 こちらも、物凄く高い防潮堤の建設が行われている。
 間違いなくここに家が、集落があったんだよなぁ。
 工事車両が走り回っている。なんの工事なのだろうか。
 右を見ても左を見ても、こうした土地が広がっていた。
 家が流され、瓦礫か広がる当時の光景は印象的だったが、それが6年半の年月を経て、こうなってるということは知らなかった。
 ここにかつて集落があったことを教えてくれる、犠牲になった方々を慰霊する石碑があった。
 自転車を返却する。海辺の方とのギャップに驚かされる。
 僅かな、土地の高低差と、海との距離とで、ここまですべてが分かたれたのだと思い知る。

・常磐線
 原ノ町→仙台
 さて、仙台に向かう。
 こちらの鹿島地区も津波の被害が激しかった地域
 同じように何もない土地が広がっていた。
 穏やかで綺麗な太平洋。今、こうして美しい分、いっそう悲しくなる。

 さて、このあとは仙台→山形と、出るのだが、続きは明日の分に。

・記録
 仙台→山形については、明日の分に(笑)


・明日
 山形から秋田へ!