「ライブドア」の粉飾決算事件の裁判で、堀江貴文前社長に対し、東京地裁は懲役2年6か月の実刑判決を言い渡したそうだ。
まあ地裁判決だし、たぶん堀江氏は控訴するのだろうから、裁判はこれからも続くのだろう。しかし、もうこの裁判についての報道はやめてもらいたいと切に願う。やめろといっても世間の関心が高い以上マスコミはやめるわけにはいかないだろうが、せめて結果だけにしてもらえないものだろうか。堀江氏側と宮内亮治前取締役の側で繰り広げられた醜い応酬をこれからも読まされる・聞かされるのかと思うと、ウンザリするからだ。
堀江氏は部下が勝手にやったことで自分は知らなかったと言っているし、宮内氏はすべて堀江の指示の元にやったことだと言っている。こんな、単なる責任のなすり付け合いがまだまだ続くのだろうか。かつて“時代の寵児”ともてはやされた人たちのこの醜い応酬には呆れ返る。
逮捕前の堀江氏は、まさに時代をつかもうとするかような勢いで、衆議院議員になって将来総理大臣になろうというのも、本人の中では冗談ではなかったのではないかと思わせるものがあった。そしてそのためには、一代で高収益企業を作り上げ、どんどん発展させ、“時価総額世界一”の企業グループを作り上げたというイメージが必要だった。
当然、本人もそれをすべて自分ひとりでやりとげたというイメージ作りを積極的に行っていたわけであって、それを今さら自分は“広告塔”に過ぎなかったと言われたら、「なに、それ?」となってしまう。実権は宮内たちが握っていて、話しかけても無視されるほどだったなどと言っては、自分を貶めるにもほどがある。
堀江氏が言うとおり、会社の中のすべてのことを社長が把握しているわけがないというのは正論だ。しかし、株価を維持・上昇させるためには会社が赤字になることは許されないことであり、自分のイケイケドンドンのためにも、社長として部下にそのようなプレッシャーをかけていないわけがない。
自分で自分をカリスマ扱いしていたにもかかわらず、いざ裁判になったら責任逃れに終始する姿勢は醜すぎる。
宮内氏にしても、逮捕前には相当に羽振りを効かせていたことだろう。堀江なんか広告塔に過ぎないさ、俺たちが実権を握って堀江を操ってるんだよ、というイメージを社内や取引先に植えつけていたことは間違いない。堀江氏の「無視された」という証言だけでなく、報道による複数のライブドア社員からの証言からも明らかだ。その報道が正しいかどうかはともかくとして、そのように自分の存在を大きく見せようとしていたことは間違いないと思われる。
ところが逮捕されると、すべては社長の指示でした、私はそれに従っていただけですというのでは、あまりにも落差が激しすぎる。この責任逃れも、非常に醜い。
この人たち、もう少し格好良くできないんだろうか。
ふたりの証言が逆だったら、ものすごく格好良いのに。
堀江氏が、「細かいことは知らないが、社長としてすべての責任は私にある」と言いきれば、拍手喝采である。
宮内氏が、「堀江はただの広告塔。俺がすべて仕切った」と言えば、素晴らしい実務者能力にたけた人という評価が得られる。
そして両者とも、仮に法に触れることをやったとしても、人間的には大物だと言われたことだろう。法といっても証券取引法違反であって、人間の生き方や尊厳が犯されるようなものではない。単なる経済事犯だ。
それを、逮捕前には自分がいかに大物かを言い、逮捕後にはいかに小物かを言うのでは、そのこと自体が自分がいかにちっぽけな存在であるかと言っているようなものだ。
こういう応酬を見るのは、実に悲しい。
