2007年輝く日本迷惑大賞が安倍晋三氏であることに、誰も異論はないだろう。なにしろ日本国首相、内閣総理大臣という国の最高責任者が政権を放り投げたのだから、前代未聞の珍事であった。

 もちろん、これまでも選挙に負けて退陣した首相はおり、それだけではとても大賞に値しない。ところが安倍氏の場合、参議院選挙で負けて国民が「辞めろ」と言っているにもかかわらず「基本政策は支持されている」などと妄想全開にして居座りを続け、内閣改造して国会で所信表明演説までやった。となれば、最低でもこの国会会期中は居座るものと思った途端、その翌日の退陣表明なのだから、そのあまりの無責任さにあきれ返る。

 比喩でも大げさでもなく、日本国民すべてに大迷惑をかけたのだから、これほど大賞にふさわしい人はいない。日本政治史、いや日本国のすべての歴史の中でも、この人の迷惑度はかなり上位に位置することは間違いないだろう。

 退陣後はあまりマスコミが取り上げないので、しばらく姿が見られなくて寂しいなあと思っていたのだが、最近またテレビで何度か見る機会があって嬉しかった。といっても今の姿ではなく、あの、参議院選挙のときの街頭演説の姿だ。

 年金にまつわる自民党の公約違反問題で、在りし日の安倍首相がマイクを握って「最後の一人まで責任を持ちます」と力強く宣言していた場面が、各テレビ局のニュース番組で繰り返し流されたのである。

 これを見るたびに、本当に口先だけのどうしようもない人だったんだなあと思い出し、首相を辞めてくれて本当に良かったと胸をなでおろした。

 次点には、守屋武昌氏を挙げたい。

 今年は安部晋三氏というとてつもない大迷惑人間がいたため、その他の人がどうしてもかすんでしまうのだが、いつもの年ならこの人の大賞は確実だった。

 最初は業者からの接待ゴルフや宴会だけが表に出、その数のあまりの多さに国民はあっけにとられたものだが、そのほかにも業者に娘の留学費用を出させたり、息子のサラ金への借金の肩代わりまでさせていたとあっては、もはや何をかいわんや。

 これで便宜供与はしていないなどと言っても、誰が信じるというのか。友達付き合いで通るわけがない。友達なら、宮崎氏個人の懐からお金が出ていなければおかしいが、当然のことながらそれらの金は山田洋行という会社から出ていたものだ。それを守屋夫妻が知らないはずがない。

 そしてその山田洋行は、防衛庁に装備品を納入する際に水増し請求していたという。防衛庁が山田洋行に支払った金は、すべて税金であることは言うまでもない。

 ということで、守屋流税金還流術が完成する。税金が山田洋行を通じて、守屋氏の飲んだり遊んだりの資金源になっていたのである。公務員だったのだから、もともとこの人の給与自体が税金だったのだが、本来の給与以上の税金泥棒をしていたわけだ。

 その数の多さ、悪質さから、日本公務員史上最低の人間と言うことができ、次点などに留めておくのはもったいないくらいの人物である。むしろ本人に失礼にあたるのではないかと心配になるくらいだ。

 次々点として、スポーツ界から亀田親子を挙げたい。この一家のボクシング界に与えたダメージは計り知れないものがある。いやまてよ、スポーツ界なら朝青龍もいるか。

 消費期限や産地の偽装を行っていた食品会社各社も捨て難い。不二家、ミートホープ、比内地鶏、船場吉兆、赤福……挙げればきりがないが、もっともこの場合は会社によって悪質さのレベルが全然違うから、一律に扱うわけにはいかない。かといって一件一件検証するのも面倒だ。

 そもそもこの問題は、味がわからないくせに、新しければいい、豚肉より牛肉のほうがうまい、産地が有名なところのものがうまいと信じ込んでいる国民が愚かなだけの話なのだが。国民がバカだからそこに付け込まれただけの事で、食中毒で犠牲者が出たわけでもないから、冷静に考えれば迷惑度としてはかなり落ちる。

 その意味では、いかに日本国民が味覚音痴であるかをわからせてくれた各社の社長に御礼を言いたい気もする。

 そういえば、安倍氏が自民党総裁(→首相)に選ばれたのも、国民的人気が高いことが理由だった。ということは、やはり国民がバカだということが露呈した一年だったということか。

 唐突に、お笑いアベシンショーの幕が降りてしまった。なんとも残念である。

 『エンタの神様』や『笑いの金メダル』に出てくるどんなお笑いタレントよりも、この首相の言動は面白いと思っていただけに、実に残念だ。今度の臨時国会も難問山積、おそらく突っ込みどころ満載だろうと期待していただけに、拍子抜けしてしまった。

 それにしても、あまりに滑稽で悲惨な自爆テロである。これまでも氏の空気の読めなさは天下一品、空前絶後だと思っていたが、最期はその一線までも突き抜けての最悪のタイミングでの政権放棄。究極のそのまたはるか上をいかれてしまったら、もはや日本語でどう表現したらいいのかわからない。最上級のその上なのだから、ウルトラ究極とでも言うのだろうか。

 与謝野官房長官が「健康上の理由」を持ち出したのは、国民の同情を誘おうという狙いがあってのことだろうか。それをきっかけに、医者が常に外遊に同行していたとか、官邸では点滴とお粥の日々だとかいった話がボロボロと出てきた。同情を誘って少しは風圧を和らげようというのかもしれないが、残念ながら今のところまったく焼け石に水のようだ。

 ただ確かに、テレビで見る私の目からも、ここ最近の首相の体調はすこぶる悪いように見えた。それを私は、精神的なものだろうと思っていた。精神の病は、肉体にも変調を及ぼす。

 いくらなんでもこれだけのバッシングを受けていたら、普通の人間なら精神状態がまともでいられるわけがない。よほど精神がタフ、というより鈍いか、あるいはドMでもない限り耐えられるものではない。参院選惨敗後のこの1ヵ月あまり、もはや言っていることが支離滅裂だったから、松岡氏ではないが、私は密かに自殺でもするんじゃないかと心配していたくらいだ。いくら空気が読めなく、国民の声が耳に入らない人でも、さすがにこたえていたことだろう。

 とはいえ、私はまったく同情していなかった。すべては自業自得、自らの無能さが招いた結果なのだから、自ら決着をつけてもらうしかない。

 しかしその決着のつけ方が、このタイミングでの辞任では最悪だ。この人が首相として存在したこと自体が、日本の政治史に汚点として刻まれることは避けられないだろうが、それもまた自業自得だ。

 参院選惨敗の時点で辞任していれば、まだ本人が大好きな「再チャレンジ」の可能性も数年後には残されていたことだろう。しかしこの辞め方では、首相になるのはもう無理だ。というより、そもそも普通に考えたら政治生命の終焉だろうが、でもたぶん次の衆院選には立候補するだろうし、山口の有権者は投票するのだろう。

 いや、さすがにもう立候補しないかな? 立候補しても当選しないかな? こればっかりはやってみなくちゃわからない。

 この1ヵ月ほどの間に、私が首相の言動でもっとも面白かったのは、記者会見時のカメラ目線問題である。このこと自体はささいなことであるが、この時の対応が、この人物を象徴していた。

 参院選前までは記者に囲まれて質問を受けても、氏は常にテレビカメラを見つめて話していた。国民に直接話しかけるという姿勢をみせていたというのだが、あれは明らかに自意識過剰で気持ち悪いパフォーマンスだった。このことを誰かに指摘されたのか、自分で気づいたのかは知らないが、あるときから目線をカメラから外して質問した記者を見るようになった。

 このことは、過ちを認めて修正したということで、問題はない。ところがそれを突かれた時に、「いや、いつもと変わりません」とすっとぼけたのである。以前のやり方に問題があったということを認めることが、格好悪いと思ったのだろう。それならそれでとぼけ続ければいいのに、次の日には笑いながらあっさり認めた。これもやはり、誰かからあの対応はまずいと指摘されたのだろうか。

 赤城氏の絆創膏問題での対応とまったく同じだ。顔にでっかい絆創膏を貼って人前に現れたら、「どうしたんですか?」と聞かれないほうがおかしい。このようなときにまともな対応ができないのでは、大臣としてというより社会人としての常識がないといわざるをえない。吹き出物なら最初からそういえばいいのに、なぜ隠したのか。

 安倍氏も常にこうなのである。いつもと変わったことをすれば、「どうしてなのか」と質問されることは当然であり、それを予見して答えを用意しておくべきだと思うのだが、いつも後手に回ってあとから修正。危機管理能力の欠如を象徴するできごとだった。

 こんな人物なのだから、どんなタイミングであろうとも首相を辞めてくれたことは、国民にとっては大正解なんだろうな。

 『お笑いアベシンショー』が面白すぎる。よくもまあここまで毎日のように大ボケをかませるもんだと、 あきれ果てたを通り越して感心する。一体、今日はどんなボケをかましてくれたんだろうと、毎日のニュース や新聞が楽しみで楽しみで仕方がない。この際、アホの坂田ならぬアホのアベシンと名前を変え、志村けん氏 の馬鹿殿メイクと衣装を借りて毎日の記者会見に登場して欲しいくらいだ。今の彼なら、志村氏には悪いが、 あの扮装が日本一似合うことだろう。新聞には『今日の馬鹿殿』コーナーを作って欲しいのだが、考えてみれ ば彼は首相なのだから、わざわざコーナーを作らなくてもボケは一面トップで報道される。お笑い芸人にとっ てはなんとも羨ましい状況だろう。

 彼に関しては首相就任当初から私は気持ちの悪さを感じており、その後、日を追うたびに嫌悪感がどんどん 加速して行ってほとほとウンザリしていた。参院選中などはテレビに顔が映るたびに嘔吐感を覚えたくらいで ある。あまりに意味のない空辣な言葉の連鎖、質問者や野党の人間に対するあからさまに見下したような不遜 な態度、そのままテレビを見続けることが苦痛なくらいだった。

 それがいまや面白くてしょうがないのだから、私も変わったものである。「もっとそのアホ面晒して」「も っとその不思議な言語を発し続けて」と願い、ニュースが他の話題に切り替わったりすると、「え? もう終 わりなの?」とがっかりするのである。 彼の得意とする『戦後レジュームからの脱却』であるが、ある意味、見事なまでに成し遂げたといえるので はないだろうか。なにしろ戦後最大の大馬鹿者が首相になったのだから、これまでの政治の概念を大変革させる快挙といえるだろう。こんなボンクラボンボンを作ったのは戦後教育なのだと、自ら言って欲しい。そうすれば 彼の言う『教育改革』も説得力を持つ。戦後の自由主義、民主主義教育が私のような人間を作ったのだと言ってくれれば、国民はみんな「このままじゃいかん」と思うだろう。


 何が面白いといって、彼のお笑いの源泉は、とんでもない勘違いにあることが明白だからだ。国民から圧倒的な支持を受けた自民党の中で、圧倒的な支持を受けて首相に就任。だから自分は国民から圧倒的支持を受けていると思い込んでい るようで、すべての言動がそこから始まっている。だから、どんなに逆風が吹こうが、「私か小沢さんか」と 叫べば国民は自分になびくはずだとタカをくくっていたに違いない。

 ところがそもそも、昨年の衆議院選挙は小泉氏の人気であり、しかも争点は郵政民営化一本。彼自身も、彼の掲げる憲法改正も教育改革もまったくかすりもしていない。そんな前任者が強引に作り上げた御みこしに乗っただけのバカ殿が自分の力だと勘違いしたことから、お笑い劇場がスタートした。

 そしてその勘違いはいまだに続いているのだから驚く。今になっても、「基本理念は国民に理解されている」などとまったく根拠のないことを平然と言い放っているのだから、あまりの勘違い振りに恐れ入る。


 国民は、という言い方は好きではない。国民の中にもいろいろな人がいるのだから、一律に「国民はこう思っている」などと言うべきではない。

 だから、私は、と言う。私は少なくとも、今回の選挙結果はすべて彼本人の問題だと思っている。

 年金問題。これが彼の責任でないことは誰でもわかっているだろう。悪いのは歴代の幹部を含めた社会保険 庁職員だ。だから、問題が発覚したときの首相がたまたま彼だったというだけのことで、ある意味気の毒ではあった。しかし、問題はその後なのである。

 時の為政者としては、問題が発覚したら迅速かつ的確な対応をとらなければならず、それができればマイナスをむしろプラスに変換することだってできる。企業の不祥事対応と同じことだ。ところが彼の対応はどうだったか。「国民の不安を煽るな」とか「文句を言ってきた人みんなに払えと言うのか」とか、まるで鼻でせせら笑うような態度だったではないか。この無責任極まりない態度、これが問題なのである。

 繰り返すが、迅速かつ的確な対応をとればかえってイメージアップになったかもしれないのに、そのチャンスを逃すどころか、彼は逆の行動をとった。それならそれで最後までそれを貫けばいいのだが、国民が大騒ぎしだすと豹変し、労働組合や管直人氏に責任を押し付け、あげくに救済策を作ったとまるで国民に恩を着せるような態度。発覚してからの一連の彼のすべての行動が、行き当たりばったりで危機管理能力のかけらもない 、首相としてまったく不適格者であることを示していた。

 選挙に負けたのは年金問題があったからではない。問題発覚後の彼の行動が問題だったのだ。


 松岡氏と赤城氏の問題。これだって松岡や赤城が悪いというだけではない。もちろん彼らは悪いのだが、それをかばいまくった彼も大問題なのだ。

 おそらく彼は、せっかく閣僚に起用してやったのに足を引っ張られたと被害者意識を持っていることだろう。そして記者の質問に対しては、どうでもいいような「任命責任」を口にするだけ。

 「任命責任」ではなく、「かばった責任」、いや「必死にかばいまくった責任」についてはどうなっているのか。「法律にのっとって適切に処理している」というアホ極まりない言い訳を是認し、彼すら「法律にのっ とって適切に処理していると聞いている」とまるで他人事だった。これもまた、問題発覚時点で迅速かつ的確な対応 をとればかえってイメージアップになったかもしれない。「正々堂々と帳簿や領収書を公開しなさい、できないなら辞任しなさい」とやれば、私だけでなく多くの人が拍手を送っただろう。しかしそのチャンスを逃すどころか、彼は逆の行動をとって同じ穴の狢であることを露呈しただけだった。

 選挙に負けたのは松岡・赤城問題があったからではない。問題発覚後の彼の行動が問題だったのだ。


 とまあ、挙げていけばきりがないほどのアホバカぶり。こうなったらとことん政権にしがみついて、もっともっとお笑い劇場を見せて欲しいものである。

四日目のできごと 522日(火)

 昨日、築地のD社での会議に出席し、その後事務所にも行ったことで、痛みを我慢さえすればいつもと変わらない社会生活ができることが確認された。それでは今度は、いつもと変わらない日常生活の番である。

痛風発作発症から4日目になるが、足の痛みは相変わらずだ。というより、むしろ朝が一番痛い。これは、尿酸の結晶が夜中に溜まりやすいということに関係しているのだろうが、それ以外に何度も書いているように、痛みへの「慣れ」が睡眠によっていったんリセットされるからであろうとも勝手に推測する。そのような学説があるかどうかは知らないが、経験から導き出した私の自己主張である。

 したがって、今は痛くてもこれが一日の中での最大の痛みであり、以後は徐々に緩和されていくのだと思えば、気は楽になる。

私はいつものように、朝の犬の散歩に出かけた。いつも散歩は30分しているのだが、土曜・日曜は5分、昨日は10分しかしていない。犬もさぞや憤懣やるかたないことだろうと思ったから、今日はいつも通りの30分コースに挑戦だ。欠損した日常を取り戻すのだ。

 そして見事、私は30分コースを完走ならぬ完歩したのだった。これでもう、犬に文句は言わせないぞと思ったが、そもそも犬は文句を行ったことが一度もないのだった。

 30分も歩くことができて一安心であるが、思わぬ副作用が発現したのは計算外だった。靴擦れならぬ、サンダル擦れができてしまったのだ。

 これまで私は、犬の散歩のときは、スニーカーのような歩きやすい靴を履いていた。しかし痛風が出てからは、靴を履こうとすると必ず患部に接触して痛みをもたらすし、脱ぐときも同様だ。したがって、昨日からは着脱が簡単なサンダルで散歩に行くようにした。

 そしてそれがいけなかったのである。サンダルは以前から履いていたもので、決して履き慣れていないわけではないのだが、これまではせいぜい近所に買い物に行くくらいで、30分もこれを履いて歩き続けたことはない。しかも、右足にできるだけ負担をかけないような歩き方をしていたものだから、左足にいつもと異なる力の掛かり方がしていたはずである。

 その結果、左足にサンダル擦れができてしまったというわけだ。これもまた、痛風の合併症と言ってもいいのではないだろうか。少なくとも、“風が吹けば桶屋が儲かる”よりも因果関係ははるかに近い。新説として痛風学会にでも報告しようかと考えながら、私は擦れた患部にバンドエイドを貼った。

 今日は仕事でどこかに行かなければならない予定も、誰かに会わなければならない予定もない。したがって自宅で仕事をしても良かったのだが、日常を取り戻した私は事務所に行くことにした。

 事務所に行くために駅へ向かうのに、私はまた自転車に乗った。いくら散歩で30分歩けたとはいっても、やはり、歩かなくても良いところは歩きたくない。駐輪料金100円は、快適さの代償としては決して高い金額ではない。

 私は自転車を漕ぎながら、またもや快適さを満喫した、なんとラクなのか。患部にまったく力を入れる必要がないので、歩いていたら一足ごとに起こるはずのズキン、ズキン、がまったくない。

 しかし、駐輪場に着いたら自転車を降り、駅まで歩かなければならない。駐輪場は駅の真ん前ではなく、ちょっと距離が離れているのだ。そして、電車に乗っている間は良いとして、電車を降りてから事務所まで、また10分くらい歩かなければならない。それを考えると憂鬱になるのだった。

 と、ここで閃いたのである。だったら、歩かなくても済む方法がある。このまま事務所まで自転車で行ってしまえば良いのである。

 江戸川区の自宅から神田の事務所まで、直線距離で10キロほど。突然こんなことを思い立ったのなら、尿酸の結晶が脳にもできたのかと疑われるところだが、実は以前に一度、酔狂でやってみたことがあるのだ。

http://ameblo.jp/dogrunfree2/entry-10005929482.html )。

 一度経験済みなのだから、あのときの感覚は残っている。ヘトヘトになることなく、翌日筋肉痛になることもなかった。唯一、そのときと異なる条件は、右足の痛風である。いくら患部に負担が掛からないといっても、まったく掛からないということはないだろうから、そんなに自転車に乗り続けたら右足が悲鳴を上げ出すかもしれない。

 そんな風に悩んでいるうちに、駅の駐輪場が近づいてきた。

 私はそちらにチラリと視線を走らせただけで、曲がることなく、真っ直ぐ10キロサイクリングに向かったのだった。

 結果から書けば、まったく何の問題もなく、無事に事務所に着けたのだった。所要時間は、きっかり1時間。自転車で来たということは、帰りも自転車で帰らなければならないということだが、それもまったく問題なかった。一日に2時間、往復20キロのサイクリングをしたのである。

 もっとも、忘れていた記憶もあり、体験したことで蘇った。それだけ自転車に乗っていると、ケツが痛くなるのだ。これでもし痔になったら、これもまた痛風の合併症に認定するよう、学会に報告しなければならない。

 普通はどんな病気であっても安静にしていなければならず、それは痛風も同様である。しかし私は、患部を守るためといいながら、普段はめったにしないようなハードな運動までしてしまったのだった。日常を取り戻した私は、日常を突き抜けたのだ。

 こうなると祝杯を挙げたいところだが、それだけはさすがに自粛した。

 しかし、“喉元過ぎれば熱さを忘れる”が私の信条である。痛みがなくなった暁には、きっとビールで乾杯していることだろう。

(痛風記 了)

三日目のできごと 521日(月)

 痛風で足が痛いと嘆いている男のもとにも、月曜の朝はやってくる。もう少し痛みが緩和してから、せめてあと23日は日曜日が続いてほしいと願っていたのだが、そういうわけにもいかないようで、否応なしに月曜日がやってきた。時の流れとカレンダーは非情なものである。

 とはいえ、普通の人なら会社に行かなければならないわけだが、そこは私はフリーの身。行かなければならない会社は退職してしまったので、月曜だからといってことさらに慌てる必要はない。一応事務所はあるものの、仕事自体は自宅でもできるようなことだから、わざわざ痛む足を引きずってまで事務所に行く必要はない。余裕、余裕……のはずなのだが、そうはいかなかったのである。

 たまたま、本当にたまたま、この日の午前中に会議の予定が入っていて、築地にあるD社まで行かなければならなかったのだ。とはいえ、どうしても私が行かなければならないかといったらそんなこともなく、なんとも微妙な難しい用である。

 D社が行っているプロジェクトに私は外部スタッフとして参加しており、プロジェクトの進捗状況をスタッフ全員が共有するための定例会議が毎週月曜の午前中に開かれている。この会議に、特別な用がない限り私も出席することになっており、先週出欠の確認をされたときに、「行きます」と答えてしまっていたのである。痛風が発症したのは土曜の朝であり、せいぜい金曜の夜中にちょっとした予兆があっただけなのだから、いくらなんでも先週の時点でこのような災難に見舞われることを予測することは不可能だった。私には残念ながら、予知能力は備わっていない。

 さあ、どうするか。「特別な用ができた」と言って、欠席しようか。いや、実際に「用」はないのだから、それでは嘘をつくことになって心苦しい。「体調が悪いので欠席します」と言おうか。これなら嘘ではない。実際、体調はすこぶる悪いのである……まるで小学生が、ズル休みの言い訳を考えているようだ。

 しかし、病気を言い訳にするのはなんとも格好良くなく、私の美学が許さない。二日酔いは私の美学の中で許容範囲なのだが、病気はよくない。それでも、本当に寝込まなければならないような病気なら仕方がないが、痛いのは右足の親指の付け根だけで、それ以外は肉体も頭脳もピンピンしているのである。これで欠席したら、本当にズル休みしたような後味の悪さを覚えることだろう。

 最悪なのは、「痛風になりました」と言うことだ。痛風で足が痛いので行けないと言えば、相手も納得するだろう。しかし、ついでに「じゃあこのままもうずっと来なくていいよ」とも言われかねから、そんなことになったら元も子もない。

 さあ、どうするか。

 あれこれ言い訳に悩んでいても仕方がない。とにかく、今のこの足で築地まで行けるかどうかを確かめてみないことには何も始まらない。

 朝起きたとき、足の痛みは前日までとほとんど変化はなかった。やはり右足のつま先に体重を載せると、ズキンという痛みが走る。土曜の夜と日曜の朝昼晩に薬を飲み、こまめに貼付剤を取り替えているが、効果らしい効果は確認できない。

 不安を抱えながらも、自分がどの程度歩くことができるのかを確認するため、私は恒例の犬の散歩に出かけた。

 薬が効いているのかどうかはわからないが、やはり前述したように痛みへの「慣れ」が、歩行に大きく関与しているようだ。いちいち一足ごとに顔をしかめるということもなく、昨日よりも長距離を歩くことができそうだった。

 相変わらず弱弱しい足取りだが、それでも一歩ずつ前に進み、昨日、一昨日ギブアップして引き返した地点まで行っても、私はさらにその先まで歩き続けた。

 なんとか大丈夫そうだ。これなら築地まで行けるかもしれないと自信を持った。もちろん、このまま築地まで歩いて行くという意味ではない。それは健康なときでもしたくない。

 昨日、一昨日は5分で終わった散歩が、今日は10分だった。いつもの30分に比べたらまだまだ短いが、これでも犬にほめてもらいたいくらいの気分である。

 自宅に戻ると、私はこれからのD社までの行程を頭の中でシュミレーションした。

 自宅からまず、駅に行かなければならない。以前は自転車で行っていたものだが、駅の駐輪場が有料になってからは歩くようになり、徒歩で15分ほどかかる。しかし、今日は駐輪料金がもったいないなどと言ってる場合ではなく、自転車で行くことにしよう。

 電車に乗ってしまえば、その間は問題ない。朝早い満員電車ならかなり問題だが、とうに通勤ラッシュは過ぎている時間帯なので、場合によっては座席に座ることだってできるだろう。午前中ではあるが、かなり遅めの時間に会議を設定してくれたD社に感謝である。

 問題は乗り継ぎだ。電車は一度乗り継がなければならないのだが、あの駅での乗り継ぎにはそこそこの距離を歩かねばならず、しかも階段の上り下りがあって、やっかいなのである。思わず、階段の手すりにつかまってハァハァ言っている自分の姿が脳裏に浮かぶが、そんな不吉な映像はすぐに振り払った。

 二つ目の電車に乗って目指す駅で降りると、最後にD社まで歩く。徒歩10分というところだろうか。おそらくここが最大の難所だろう。都心だから、大勢のビジネスマンが道路を行き交っているはずである。そんな中を、足を引きずりながらゆっくりゆっくり歩くことが許されるだろうか。早足のビジネスマンに後ろから突き飛ばされて、「チンタラ歩いてんじゃねえよ!」と罵声を浴びせられたらどうしよう。つい弱気になって、ズル休み心が頭をもたげてくるが、いやいや、いくらなんでもそこまで人情は地に落ちていないはずだと思い直す。

 とにかく、こうなったら行くしかない。

 いつもは1時間あれば自宅からD社まで余裕でいけるのだが、余裕を持って会議の1時間半前に家を出た。

 実際の行程において、いろいろなトラブルがあったら、話としては面白いのだろう。自転車がパンクしたとか、電車が事故で遅れていたので超満員すし詰め状態だったとか、階段を降りる途中に足を滑らせて転がり落ちたとか、行き交うビジネスマンにぶつかりまくったとか。

 しかし残念ながら、D社まで実にスムーズに行けたのだった。実にあっけないほどで、自分で拍子抜けしてしまった。確かに足は痛いので、歩くスピードはいつもより遅いが、それでもいつもと同じくらいの所要時間で着いてしまった。そのため30分も時間が余ってしまい、喫茶店でコーヒーを飲んで時間を潰したくらいだ。まさに、案ずるより産むが易しである。

 会議も無事に終わり、私の足の異変に気づいた人は誰もいなかったと思われる。

 こうして私は、ビジネスの第一線に復帰したわけだが(笑)、しかし相変わらず、右足親指の付け根が痛いことは痛いのである。決して痛風が治ったわけではなく、痛いのを我慢すれば、なんとかいつも通りの仕事や生活ができるというレベルでしかない。

 ここでどうしても考えざるを得ないのは、薬は効いているのかどうかということだ。処方されたロキソニンは消炎鎮痛剤としてシェアNo.1、つまり日本で最も処方されている痛み止めの薬だ。にもかかわらず、私の痛みはとれていない。軽減されているとも思えない。それとも、これでも薬は効いており、飲んでいなかったらもっと痛かったはずだというのだろうか。

 私が基本的に薬を信用しない理由は、ここにある。飲んだ場合と飲まなかった場合の比較が、不可能だからなのだ。

 もちろん病気によって、また薬によっては効果がはっきり現れる場合もあり、それはそれでいい。しかし現実には、そうでない場合のほうがはるかに多い。効いているのか効いていないのかわからない薬を医師はただ漫然と処方し、薬剤師はただ医師の言う通りに調剤し、患者は言われた通りに飲み続ける。薬漬け医療の完成である。

 しかし治験データを見れば明らかだが、どんな薬だって奏効率はせいぜい70%。この数字が何を意味しているかといえば、初めから30%の人間には効果がないということだ。人間には個体差があって、どんな薬も効く人がいれば効かない人もいる。そして、どんな薬にも必ず、程度の差はあれ副作用が存在する。ここを国民全員がしっかり認識しないことには、薬漬け医療は永遠に続く。

 統計的には正しくても、ひとりひとりに向き合えば、結論は異なることがある。当たり前である。70%の人間に効いても、目の前の患者は残りの30%に属するかもしれないのだから。そして5%に副作用が発現するとしたら、目の前の患者がその5%に属さないと誰がいえるのか。効果がないどころか、副作用だけが発現する人だって、わずかであっても存在するということを、同じ統計データが示しているのだ。

 ということで、私にロキソニンははたして効いているのかどうか。それを正確に検証するためには、私がふたりいなければならない。私Aは薬を飲み、私Bは飲まずに、それ以外はまったく同じ条件の下で生活をする。その上で一日ごとに痛みの状態を比較する。個体差があるから他の人間ではだめで、あくまで同じ人間同士でなければ、正確な比較はできない。

 そして当たり前のことだが、SF映画じゃあるまいし、そんな比較試験は絶対に不可能なことだ。だから私は、効果があいまいな薬については、基本的に服用しないようにしているのだ。

 そもそも即効性のない鎮痛剤を鎮痛剤と呼べるのだろうか? 今回は7日分処方されたのだが、7日間飲み続けてやっと痛みが取れます、そんな鎮痛剤があっていいのか? それじゃ飲んでも飲まなくても同じじゃないか。

 だからもう、ロキソニンを飲むのはやめ……ないのである。やはり痛いのは嫌だ。少しでも早く良くなる可能性があるのなら、もう少し飲んでみようかな。

 溺れる者は藁をも掴む、こうして薬漬け医療の犠牲者は減らないのだった。


(その4に続く)

 足が痛むので診療所に行き、おざなりな診察を受けた後、待合室でしばらく待っていた。私の名前が呼ばれたので窓口に行き、薬の処方箋を受け取り、診察料金を払った。このときのことである。

「隣の薬局にこれを出して、薬を受け取ってください」

 この診療所では医薬分業を実施しており、薬は薬局でもらえという。これはこれでいい。しかし、「隣の薬局に行け」と言うのはどういうことなのか。こちらを素人だと思って軽く見ているのか、それともこの職員は本当に知らないのだろうか? 本当に知らないという可能性もあると思うのだが、これは厳密に言えば法律違反であり、医薬分業の精神に反する問題発言なのである。

 医薬分業というのはかかりつけ薬局を持てということであり、日本中のどこの医療機関が発行した処方箋も、日本中のどこの薬局でも調剤できるということであって、医療機関が患者に薬局を指定したのでは意味を成さず、しかも癒着しているとみなされる重大な違反行為なのである。どこの薬局に処方箋をもっていくかを決めるのは、あくまで患者の権利なのだ。門前薬局やマンツーマン薬局は徐々に衰退し、面分業が広がってきているといわれているが、それはあくまでマクロの話であり、ミクロ医療というかなんというか、とにかく本で読むのと自分が体験するのとでは非常なギャップがある。これが医薬分業の現実である。

 とはいえ、私もこの程度のことにいちいち目くじら立てるつもりはない。私は普段、極力医師にも薬局にも掛からないようにしているから、そもそもかかりつけ薬局などはもっていないし、かかりつけ医もいない。せいぜい、犬を連れて行くかかりつけ獣医がいるくらいだ。だから薬をもらう薬局はどこでも構わないし、なにしろ足が痛い。いくら自転車に乗るのが嬉しくても、どことも知れない薬局を探しての流浪のサイクリングをする気にはさすがになれない。さらには、行った先の薬局に処方された薬の在庫があるとも限らない。すぐそばに確実に薬を調剤してくれる薬局があるのならそれにこしたことはなく、今は理想よりも実利優先だ。

 私は右足を引きずりながら隣の薬局に行き、素直に薬を受け取った。これでとりあえず、初期の目的は達したわけである。

 風呂に入った後、清潔になった患部にアドフィードを貼り、そして夕食後に、祈るような気持ちで錠剤3剤を服用した。

 それが効いたのかどうなのか、夜にはある程度痛みが治まったような気がしたのだが、それは薬の効果のせいなのか、それとも慣れのせいなのか、わからない。人間の体には痛みに対しても耐性があり、ある程度の痛みが持続した場合、それに慣れてしまうということがある。慣れなら慣れでいいから、このままよくなって欲しいと願いながら、痛風初日を終えた。

二日目のできごと 520日(日)

 朝起きると、おそるおそる床に両足をつけて、そっと右足のつま先に重心をかけてみた。やはり、痛い。昨夜よりも確実に痛い。症状は少しも改善されていなかった。

 ただこれも、薬の効果が切れたせいなのか、それとも一夜寝たことで慣れの記憶が消えてしまったせいなのかが判然としない。しかしそんなことはどちらでも良い。とにかく痛い。

 それにもかかわらず、私は意地になって、また犬の散歩に出かけたのである。昨日同様、右足を引きずりながら、リードを持つ手に力をこめて犬を制御しながら、歩き出した。

 しかしそんな私の意地も、足の痛みはすぐに打ち砕いてくれる。またもや散歩は5分でギブアップ。犬が口をきけなくて良かったと、つくづく思ったものである。いや、口をきけたら私の足の痛みを理解してくれるだろうから、むしろきけたほうが良かったのかな?

 幸い今日は日曜であるから仕事の予定は何もないし、プライベートでも外出する用事はまったくない。ひたすら水をガブガブ飲みながら、一日中テレビでプロレスや野球を見ることにした。

 ちなみに昨日、健診センターからの帰りにスーパーによって、2リットル入りのペットボトルの水を買ってきた。1日に水を2リットル飲むという健康法が以前から有名になっている。それは体内に蓄積された老廃物を流し出すためで、理にかなっているのでやってみようと思いながらも私は今までやったことがなかった。それを昨日から始めたのである。

 痛風の場合も、水を多量に摂取することで尿酸を薄めて結晶化を防ぐという多大な効果が期待できるのだ。もっとも、水には既にできてしまった結晶を溶かすような効果はないので、それで今の痛みが緩和されるわけではない。今後習慣付けることによって、あくまで再発を防ぐと言う意味しかないが、それでも良い機会なので、これから始めることにしたのだ。

 それにしても、一日中ただテレビの前にいるだけというのも、辛いものである。午後になると、また痛みにも慣れてきたので、体を動かしたくてムズムズしてきた。

 普段なら、一日中ゴロゴロしているのはいささかも苦痛ではないのだが、それは自らが選択したゴロゴロだからである。逆にそうせざるをえないと思うと、まるで強制されているようで反発心が沸き起こるのだ。強制しているのは、ほかならぬ私の肉体であるが、それに反発する精神が自由を求めてうめき始めていた。

 では、自由を求める私の精神は、具体的にどんな行動を希求しているのだろう。

 犬の散歩だ。

 普段の土・日は、朝の散歩だけでなく、夕方にも犬を連れて河川敷に行き、ボールを投げたり一緒に走ったりして犬と遊んでいる。だいたい、行きに15分、走り回って30分、帰りに15分、トータル1時間ほどの私と犬と自然との触れ合いの時間だ。それが犬だけでなく、私のストレス解消法にもなっている。

 それが昨日はできなかった。今日もさすがに、そこまではできないことはわかっている。しかし、何らかの代替措置を講じないことには、朝の散歩も短時間だったのだから、犬にも申し訳ない。ただでさえ犬も最近太り気味なので、運動不足も心配だ。犬まで生活習慣病になったのではシャレにならない。

 ということで、私は嫌がる娘を引っ張り出して、すぐ近くの人があまり通らない道に犬を連れて行ったのだった。

 その道は、片側がマンションであり、塀がずっと続いているから、そちら側に犬が入っていく心配はない。もう片側は畑であり、杭が立てられてネットが張られているのでそちらに入り込む心配もない。この道路でボール投げをして、犬を走らせることにしたのだ。ただ、やはり犬の暴走が心配だったので、道路の向こう側に娘を立たせて、その先には行けないようにする。こうすれば、私と娘の間を行ったりきたりすることで、犬にとっていい運動ができると思ったのだ。

 ところがその道に行ってみると、大きな誤算を目の当たりにして私は愕然とした。朝の散歩の時には確かにあったはずの畑のネットがなくなっていたのだ。畑を整地中のようで、ネットが取り除かれていたのである。私はその場に、呆然と立ちすくんだ。

 しかし、ここまで来てやめるわけにはいかない。とにかく向こう側に娘を立たせて、私はボールを投げた。リードを外された犬は大喜びでボールに向かって走って行き、咥えると私のほうに戻ってきた。

 よしよし、この調子である。これをしばらく繰り返せば、犬も満足だろう。

 ところが犬は、それだけでは満足してくれなかった。何度目かのボール投げのとき、突然犬が投げられたボールのほうではなく、方向を変えて畑に向かって走り出してしまったのだ。

 畑であるから、当然地面は土である。犬は土の上を走るのを好む。犬は我が物顔に、畑の中を走り回りだしたのだ。

 さすがに私は慌てた。これでは畑荒らしである。しかし、足が痛いので追いかけることはできないし、足が痛くなくても、そもそも畑の中を犬と一緒に人間が走り回るわけにはいかないだろう。私は必死に犬の名前を呼び、ボールを見せたりして、こちらにおびき寄せようとした。

 しばらくしてやってきた犬をガッチリと押さえ、すぐに首輪にリードをつけると、ほうほうの体で家に逃げ帰った。親の心子知らず、飼い主の心犬知らず、せっかく遊ばせてやろうとしたのに、すぐに中止である。たまたま畑に誰もいなくて良かった。畑の持ち主が見ていたら、こっぴどく叱られたことだろう。

 それもこれもすべては、私の痛風が招いた災難である。

 夜になってまたひとつ、私はいつもの習慣を放棄せざるを得なかった。

 毎週日曜日の夕食は、私は白いご飯を食べない。その代わりがビールだ。ビールを飲みながらおかずを食べるのが、いつ頃からだろう、もう10年以上も続いている私の習慣なのである。

 しかし当然のことながら、今日はビールは厳禁だ。いや、ひょっとすると今日だけでないかもしれない。痛風に焼酎は問題ないということだが、さすがに発作中は禁酒しなければならない。だから日曜の夜にもかかわらず、私はなくなくアルコール類を諦め、白いご飯を食べることにした。

 にもかかわらず、食卓の向こう側にいる妻の一言。ニッコリ笑って明るく言い放ったのである。

「冷蔵庫の冷えたビール、私が飲んでもいいよね」

(その3に続く)

初日のできごと 519日(土)

 前兆はあった。前夜12時頃、いざ寝ようとしたときのことだ。

 トイレを出て寝室に入り、ベッドのところまで来た瞬間、右足の親指に違和感を覚えたのだ。

 ただ、違和感といってもそれはほんのちょっとしたもので、それで医者に行くとか薬を飲むとか、特別にどうこういうするというレベルのものではなかった。私は瞬間的に「おや?」と思ったものの、特段気にも留めずにそのままベッドに入り、横になるといつものように掛け布団を身体の上に掛けた。ただそのとき、足の指を鳴らせばよかったかな、とふと思ったことを覚えている。

 私には、手や足の指の関節をポキポキ鳴らすという、あまり行儀が良いとはいえない習慣が子供の頃から身についている。何もないときでも鳴らしているのだから、20本のうちのどの指であっても、違和感を覚えたときは当然のように鳴らしている。それがいつもの私の癖なのだが、このときはどういうわけか、鳴らさずにベッドに入ってしまったのだ。足の指を鳴らす余裕もないくらいに眠くて仕方がなかったというわけではない。それなのになぜしなかったのか、それが自分でも不思議で、妙に心に残っていた。

 とはいえ、既に身体を伸ばして掛け布団も掛けていたので、わざわざ身体を屈曲させて右足を左手が届くところまでもっていってポキンと鳴らすのは面倒臭い。わずかに気に掛けながらも、総体的には何もなかったように、私はそのまま平穏な眠りに沈んだ。今からこのときのことを思い返すと、無意識のうちにこの後に起こる悲惨な災難に怯えて、思わずいつもと異なる行動を取ってしまったという心理学的説明が成り立つかもしれない。

 それはともかく、異変は夜中に起こった。いや、正確には既に明け方と言ったほうが良いだろう、5時頃のことだ。私は、足が痛くて目が覚めたのだ。右足の付け根の辺りが、違和感などという得体の知れない感覚ではなく、今度ははっきりと痛いのである。

 もっとも、あまりの痛みに絶叫しながら飛び起きたというわけではない。それどころか、とても寝ていられないというほどの痛みでもない。ではなぜ目が覚めたかというと、最近の私は睡眠障害気味で、眠りが浅くなっていて、ちょっとしたことでも簡単に目が覚めてしまうのである。夜中に目が覚めるのはいつものことなのだ。

 このときも、右足の付け根が布団に接触すると痛いというくらいで、何もしなくてもズキズキ痛むというほどではなかった。したがってまだまだ余裕はあり、軽く「まいったなあ」と思った程度で、それほど大げさには考えなかった。あと2時間くらい寝て、起きたら治っていたらいいな、などと能天気に考えていたくらいだ。

 その後はベッドの中で、ウツラウツラと半睡半眠状態で2時間ほどをすごし、7時過ぎに本格的に起きることにした。布団の中で右足を動かすと、付け根が布団に当たるとやはり痛い。さすがにこれは少しまずいな、やはり治っていてくれなかったか、と思いながら、ベッドに腰掛けるようにして足を床に降ろした。

 そしてまず、左足に重心を載せて、ゆっくりと立ち上がってみた。大丈夫だ、2本足で立つことに成功だ。それから右足のかかとに重心を掛け、恐る恐るつま先のほうにも体重を移動してみた。

 グェ!

 かなり痛いのである。

 昨日一日を振り返っても、右足をどこかにぶつけたという覚えはまったくない。無意識の記憶の奥底を探っても、そんな事実は出てこないはずだ。したがってこれは外因性のものではなく、あくまで私の身体の内側から発する痛みである。

 これは本当にまずいぞ!

 私の朝は、犬の散歩から始まる。足が痛いから勘弁してくれなどと言っても、犬は到底理解してくれないだろう。

 この日も私はいつものように、リードを片手に玄関を出て、犬小屋に向かった。足は痛むのだが、家族に弱音を吐くのが嫌だったので、意地でもすべてのことをいつも通りにやるつもりだった。寝室からここまで、右足は踵のほうに体重を掛ければなんとか歩けることが確認できていた。これなら散歩に出てもなんとかなるだろうと、タカをくくっていたのだ。

 ところが、いざ犬と歩き始めた瞬間に、現実は想像以上に厳しいことを痛感したのだった。ウチの犬は、ゴールデン・レトリーバーのメス犬である。体重が30キロ以上あって力が強く、しかも犬一倍やんちゃなものだから、いつも散歩の初っ端は嬉しくて仕方がなくて、グイグイ引っ張っていこうとする。普段なら「ダメ」と叱って好きにはさせないのだが、今日の私は下半身の踏ん張りが利かない。かといって、引きずられて小走りになるのはもっと辛い。なんとか腕の力だけで駆け出そうとする犬を制御したのだが、これが想像以上に辛かった。

 それでもなんとか、逸る犬を押さえながらゆっくりと歩を進めたのだが、私の限界は予想をはるかに上回るスピードでやって来た。犬のせいではない。犬がいようがいまいが関係なしに、とても長い時間歩けるような足の状態ではないことを、私はすぐに悟らされたのだ。右足を引きずりながら、ゆっくりゆっくり歩いていたのだが、いくら気をつけても右足の付け根に少しも力を掛けずに歩くことなど不可能であり、一歩ごとにズキンズキンと痛みが全身を貫く。

 ギブアップである。私は犬の気持ちにはお構いなしに、早々に折り返して家に戻った。普段の朝の犬の散歩は30分くらいだが、今日は5分で終了である。犬は、なんでこんなに早く帰るんだと文句を言いたかっただろうが、こちらの身にもなってほしい。5分でも散歩できただけ、飼い主に感謝してほしい。

 特別な医学的知識がなくても、この症状が痛風であることは、誰にでも予想が付くだろう。もちろん私もそう思ったが、どうしても認めたくないことでもあった。

 というのも、犬の散歩から帰ってから足の痛みを告白したときの、妻の冷徹な一言。あまりにも散歩から帰るのが早過ぎたので、つい言い訳のように話してしまったのだが、妻は簡単に言ったのである。「ビールの飲み過ぎだよ」

 そんなこと、言われんでも充分自覚しとるんじゃい! でもこれからもビールを飲みたいから、痛風は認めるわけにはいかないんだよ!

 幸いにしてこの日は土曜日で、仕事の予定は何もない。そして幸か不幸か、健康診断に行く予定があった。まったくの偶然であるが、この日、区が行っている健診に、私は予約を入れていたのだ。だからそれまでは、じたばたするのはやめておこう。健診のときに問診があれば、そこで相談してみよう。そしてそこで診察してもらえるならそれでいいし、できなかったら近所の適切な医者を紹介してもらおう、そう思い、午後1時からの検診を待つことにした。午前中は動くことをせずに、録画して溜まっていたプロレスをテレビで見ながら、自宅でじっと安静に努めた。

 午後になり、健診の開始時間が近づいてきたので、出かけることにした。交通手段は、自転車である。普段なら、会場まで徒歩15分というところだが、今の足の状態なら30分はかかるだろう。ところが自転車だと、足のつま先に力を入れる必要がまったくないから、普段通りの自転車の乗り方ができると思った。

 実際に自転車を漕ぎ出してみると、実に快適であり、あまりの快適さに意外な感がしたほどだった。歩行が不自由な分、かえって爽快感が押し寄せてくるのだ。朝から制限されていた移動の自由とスピードを私は満喫することができ、自転車ならこのままどこまでも行けそうな開放感に浸ることができた。健康なときには健康のありがたみを感じないという言葉が脳裏に浮かぶ。普通に自転車に乗れることが、こんなにありがたいことだとは思ってもみなかった。

 しかしそれは、束の間の幸せである。

 健診センターに着くと、私はまたもや足を引きずりながら、建物の中を身長・体重測定、血圧測定、尿採取、血液採取とそれぞれの場所に移動した。そして、いよいよ期待していた問診かと思ったら、なんと採血ですべてのメニューは終了だという。ありゃりゃりゃ…

 一応受け付けのところで、普通の診察はしてもらえるのかと問い合わせたところ、ここは健診センターなのでできませんとのこと。残念ながら、家に帰って仕切り直しである。

 いったん自宅に戻って、ここでようやくネットで痛風を検索して情報を集めた。

 あるサイトに、こう書いてあった。『痛風発作は夜中から朝方にかけて襲ってくることが多いです。夜寝ようとする時に「おや、足の指がピリピリするような…」と違和感を感じるかもしれません。実はそれが発作のサインなのです。でも大抵の場合「まあ、いいや」と寝てしまいます。ところが深夜に激しい痛みを感じて飛び起きます。眠るどころではない痛さなのです。』(e痛風治療ガイド

 おいおい、まるで俺が書いたのか?と言いたくなるような、私が経験した症状そのものではないか。私の場合は、激しい痛みで飛び起きたわけではないが、似たようなものである。

 痛風とは、血中の尿酸値が高い場合に、尿酸が結晶となって関節部位に付着し、痛みと炎症を引き起こす病気である。肘や膝などにできる場合もあるが、70%が足の親指の付け根である。ときたら、私の症状はもう間違いないだろう。そしてこの尿酸を作るプリン体がビールに大量に含まれているから、痛風患者にビールはご法度なのである。

 痛風発作自体はほっておいても治るもので、一週間から十日くらいで、痛みは治まることがほとんどだという。しかし、いったん罹ってしまうとその後発作が頻発する可能性があるし、そのうち別の合併症を引き起こすこともある。いや、そんな先のことより何より、今の痛みだ。とにかくこれをなんとか取り除かねばならない。私は仕事柄、医者や薬が嫌いなのだが、こうまで確実に痛みに苛まれている場合はそうも言っていられない。

 ということで私は再び自転車に乗り、再び開放感を満喫しながら、やはりネットで検索した比較的近くのリウマチ科のある診療所に向かったのだった。

 ちなみに診療所は、ついさっき行って来たばかりの健診センターのすぐ近くだった。同じところに行ったり来たりを繰り返したわけで、普通なら二度手間に憤り、なんで最初から調べておかなかったんだろうと悔やむところだが、このときの私は普通ではない。思考回路にやや変調をきたしていたため、再び自転車に乗る用ができたことにむしろ喜ぶという異常な心理状態だった。

 診察はわずか1分ほど。

「どうしました?」「右足の親指の付け根が痛くて」「靴下脱いで見せてください」「はい」「ああ、これは痛風でしょうねえ」「ええ、そうだと思うんです」「採血して尿酸値を計ってみないと確定できませんが、土曜の午後は採血できないんですよね。最近、健診受けました?」「実は、つい1時間ほど前に。でも結果は1ヶ月後らしいです」「それまで待てなければ、また来週採血に来てください。今日はとりあえず薬出します」

 これで終わりで、医者は患部に触りもしなかった。これが医療現場の現実である。普通の人は、こんな医者のおざなりな診察態度に怒るかもしれないが、私はそうは思わない。最初から医者の診察などはこんなもんだろうと予想していたし、むしろむさくるしい中年男に体を触られなくて良かったと思ったくらいだ。だいたい、触られたら痛いのだ。「どうですか、痛いですか」なんて言われながら触られるのは、美人女医ならともかく、男では真っ平である。私は診察なんかはどうでも良くて、とにかく今の痛みを和らげるための薬がほしかっただけなのだ。

 処方されたのは、消炎鎮痛剤のロキソニン、エンビナース、胃粘膜保護剤のセルベックス、そして貼付剤のアドフィード。

 もっとも、私は薬にも過度の期待はしていない。ないよりはましだという程度の期待しかしていないのだが、そんな態度がいけないのかもしれない。病は気から、鰯の頭も信心からであって、薬も利くと思う人ほど利くのである。バイアグラが良い例だ。今回ばかりは利いてほしいと、私は切に願った。

 安部信三首相が理想とする国家は、おそらく北朝鮮なのだろう。

 もちろん、安部氏は猛烈な反共主義者であり、氏が共産主義国家を賛美することはありえないことは私も知っている。しかしそれでも安部氏は、北朝鮮を、現存する国家の中では理想的なものだと思っているに違いないと、私は思う。

 それはどういうことかといえば、北朝鮮の経済体制ではなく政治体制、そして国民統治の有り方を理想と考えているのだろうという意味においてだ。

 国民は、国家の象徴である“将軍様”を賛美し、忠誠を誓い、窮乏にも不満を漏らさずにあらゆる国家の命に従う。親を敬い、長幼の序を重んじ、例え目上の人間が間違ったことを言ってもそれを指摘するような無礼な真似は許されない。そしていざ事が起これば、国家のためなら命を捨てるのも辞さない。いや、辞さないどころか、積極的に自らの命を国家の目的のために捧げる。こういったことがきっと、安部氏の言う“美しい国”なのだろう。

 なにもそれは、北朝鮮でなくてもいい。北朝鮮を例に挙げたのは現存する国家の中でという前提の下であって、現存しない国なら、大日本帝国がまさにそうだった。

 なんとか還元水の大臣は、どうやら逃げ切ることになるらしい。

 自民党の政治資金改正法案がまとまったらしいが、『政治資金管理団体の5万円以上の経常経費について、領収書の写しの添付を義務づける』ということに落ち着いたようだ。そもそも、政治資金管理団体と一般の政治団体がどう違うのかわからないのだが、とりあえずここで対象となるのは政治資金管理団体であって、それ以外の政治団体には義務はないそうだ。ということは、同一政治家が所轄する他の政治団体の経費にしてしまえば添付の義務はないということだ。さらには、すべての領収書を5万円以下に分散すれば、政治資金管理団体も添付の義務はないということになる。よくもまあ、これだけのザル法を作れるものだと呆れるが、もっと呆れることがある。

 この法案について政府・与党は、「自民党が抵抗したが、首相が指示した」という形に持っていくのだという。これで、政治資金の透明性を高めることに安部氏が熱心だということで首相のイメージアップを狙い、参議院選挙に臨むらしい。よくもまあ、ここまで国民を愚弄できるものだと感心する。

 本当にイメージアップを図りたいなら、野党が主張しているように、すべての政治団体の1円以上の領収書の添付を義務付けるように指示すればいいではないか。それをしないということは、安部氏本人がザル法を認めたということであって、むしろ政治と金の話をうやむやにしようとしている張本人だということだ。一歩前進どころか、透明性を高めるせっかくの機会なのにそれをしないということは百歩後退であろう。これでまた当分はこのままいくことになるのだから。

 すべての領収書の添付は事務作業が膨大なものになるなどと自民党は言っているが、同様の経理作業は、すべての会社、商店、個人事業主が行っていることだ。すべて1円単位で帳簿をつけており、政治団体だってそれは同じだろう。それを公開するかしないかというだけの話で、膨大で煩雑でできないなどという言い訳が通用するはずがない。そんな言い訳をする人は、そもそも社会人としての常識を疑わざるを得ない。しかし安部氏は、それを認める人のようだ。

 そしてこの法律は、過去には遡らないということを、安部氏も明言している。これで松岡さんも安泰ということのようだ。

 政治と金の話は、そもそも法律論ではなく道義的な話であり、常識のレベルの話なのに、見事に法律論にすり替えてくれた。

 こうして国民に規範を求める首相は、政治指導者にはまったく求めず、それどころか積極的に庇ってうやむやにする人物であることがはっきりした。

 幹部は惰眠・飽食をむさぼりながら、国民には規範を求める。まさに北朝鮮だ。

 ついでに、従軍慰安婦問題での首相の発言について。『広義の強制・狭義の強制』であるが、アメリカで批判が高まってブッシュ大統領に謝罪したという。なぜアメリカの大統領に謝罪するのかまったくわからないのだが、それはともかくとして、その前に記者団に「私の真意が伝わっていない」と言ったらしいのが気になった。

 逆でしょ? 真意が充分に伝わりすぎちゃったんでしょ? 

 安部氏が理想とする大日本帝国は正義の国であり、国家が悪いことをするはずがなく、軍隊が自分たちの性欲を満たすために外国人女性を無理矢理徴発したなんて認めたくないんでしょ?

 絶対、それが真意でしょ? だから広義・狭義といった言葉をもてあそんで屁理屈こね回していたんでしょ?

 それは今までの言動からして明らかじゃない。

 それが「真意が伝わっていない」って、そんな馬鹿な。

 これは私の推測に過ぎないが、多分、関西テレビの前社長・千草宗一郎氏は内心憤懣やるかたないことだろう。なんで下請けどころか孫請け会社のディレクターがやった不始末で俺が社長を辞任しなければならないのか、そんな下々のチンピラのやること俺の知ったこっちゃねえよ、と思っているのではないだろうか。

 もちろんこれは私の推測であり、本人は心の底から反省しているのかもしれない。私は千草氏に会ったこともないから、本心はわからない。しかしそれならば、取締役に残るなどという中途半端な責任のとり方はしないはずだから、この推測もあながち間違っているとも思えない。

 実際問題、社内のすべてのことを社長が把握しているなどということがあるわけがない。極端に規模が小さい会社ならともかく、少なくとも従業員が100人以上になったら無理だろう。

 だから、ホリエモンも裁判で言っていたようだが、なんでもかんでも部下の不始末は社長の責任というのはおかしな話だ。多分、キャノン会長の御手洗冨士夫氏だって、工場で違法行為である偽装請負が行われていたなどということは知らないのだろう。そうでなければ、名経営者などと持ち上げられ、日本経団連の会長として国家ビジョンまで語るなどという恥知らずな真似は、いくらなんでもできないだろうから。

 したがって、私も一個人としては、千草氏が悔しい、あるいは理不尽な思いをしていることは想像できるし、同情もしてしまう。むしろ、思わなければおかしいとさえ思う。

 だからといって、今回の「あるある大辞典Ⅱ」の捏造問題で、千草氏にまったく責任がないかといえばとんでもない話で、実は大アリなのである。

 43日に放送された『私たちは何を間違えたのか 検証・発掘!あるある大事典』を見て、心の底からそう思った。結局のところ、担当した孫請け会社アジトのディレクターの責任にしているだけではないか。そして下請けの日本テレワークや関西テレビは、単にチェック機能がなかったというだけしか言っていないのではないか。

 しかし、そんな馬鹿な話はない。実際に捏造に手を染めたディレクターが悪いのは言うまでもなく、それにもかかわらず匿名で音声まで変えて放送するというのがわからないのだが、まあ、こいつがとんでもなく悪い奴だということはいい。

 問題なのは、どうしてこいつが、そんなことをしたのかをロクに掘り下げていないことだ。

 つまり、仮説を立てて取材をしました、検証しました、しかし結論が出ませんでしたので番組にはできません、この当たり前のことができないテレビ局の体質に問題があることを、この番組でははっきりと言っていないのである。

 アジトのプロデューサーもディレクターもはっきり言っている。納豆のダイエット効果を立証する方針を変更したときに、「これまでの取材を無駄にしなくて良かった」「番組に穴を開けないで良かった」と。要するに、取材をすればそれなりに金がかかる、金をかけた以上なにがなんでも番組を仕上げなければならない、そういうプレッシャーが下請け、孫請けにはあるのである。「できませんでした」では親会社(今回の件では関西テレビ)から糾弾され、それまでの取材費を払ってもらえないどころか、無能な奴と思われて以後の仕事を打ち切られる恐れがあるのだ。取材どころか、下調べの段階からして金はかかるものだ。だから、取材を始めた以上、捏造でもなんでもして番組を仕上げなければならない。それが元請けのテレビ局の要請なのである。要請ではなく強制と言ってもいい。そこのところまで突っ込まないで、なんであんな番組で説明責任を果たしたことになるのか。

 こういうテレビ局の体質を作ったのは、誰の責任なのか。もちろん関西テレビの歴代経営陣であり、当時トップにいた千草氏である。

 経営のことを考えれば、彼らの言い分はわかっている。テレビ局だってそんなに無尽蔵に金があるわけではない、自社で製作すると金がかかるからどんどん下請けに回さざるを得ない、取材費をドブに捨てるわけにはいかない、そんなことはわかりきっている。そうしてどんどん合理化と下請け虐めをした結果が、今回の事例だ。

 しかし、それならそもそも、身の程知らずの番組を作らなければいいではないか。お笑いタレントを集めてのバラエティー番組だけ作っていればいい。それならタレントのギャラだけで、スタジオは自社内にあるのだからたいして金はかからないだろう。

 多少なりとも科学的な番組を作ろうと思ったらリスクがあるのは当たり前で、その覚悟もなくやっていたのだから、関西テレビの責任は重大だ。

 そのような風土を作ることに一役かったはずの前社長が取締役に残るというのは、なんとも奇奇怪怪である。

 ちなみに捏造ディレクターは言っていた。なんで捏造したのかの問いに、「番組を面白くしたかった」と。

 大嘘である。

 捏造コメントや捏造データが入ったからといって、番組は面白くはなっていない。「面白い」とは、かなりニュアンスが異なる。

 要するに、デタラメをもっともなものに見せたかったからしかないではないか。つまり、これは完全なる詐欺行為なのである。

 こんなことができるなら、なんだってできる。一円玉を額に貼れば痩せる、逆立ちして小便すれば痩せる、なんでもござれだ。一円玉のアルミニウム効果がどうだこうだとか、逆立ちしたときの重力と小便の関係がどうだとかを、誰も知らないような外国人に白衣を着せてもっともらしい肩書きを付けて語らせればいいんだもんね。その後、これこのとおり、血液検査でこれだけ中性脂肪とコレステロールが下がりましたとかいう捏造データを出せばいいんだから、簡単なものだ。

 厚生労働省が中外製薬に対し、タミフルの添付文書の警告欄に「10歳以上の未成年の患者に、原則として使用を差し控えること」を書き加え、医療関係者に緊急安全性情報を出すよう指示した。 以前から問題になっていた、タミフル服用後の異常行動を認めて、それに対応した形だ。もっとも厚生労働省は、今でもタミフルと異常行動の因果関係には否定的だという。

 それはそうだろう、当の厚生労働省が昨年10月に、異常行動に関しては、タミフル未投与群と投与群とで統計的に有意差がないと発表したばかりなのだから、こんなに早くそれを覆すわけにはいかない。いくらこの報告を取りまとめた研究班の国立大学教授が中外製薬から寄付を受けていたといっても、そういったスキャンダルまがいの報道を元に科学的なデータを否定するわけにはいかないはずだ。

 ではなぜ、このような指示を中外製薬にしたかといえば、一連のマスコミ報道に押されての結果であろう。タミフルを服用後に異常行動を起こして死亡事故が起こっているのは事実なのだから、たとえ因果関係が認められなくても注意喚起は必要だという判断は現実的であり、納得できる。そもそもインフルエンザウイルスに感染した場合は、インフルエンザ脳症といわれる異常行動が起こることがあり、タミフルを服用してもしなくても、神経障害や意識障害が起こりうることは知られている。したがって、服用しても服用しなくてももともと注意が必要なのだ。

 薬の効果と副作用をめぐる問題は、実に難しいものがある。どんな薬にも、必ず副作用があるということが前提となるからだ。

 たとえ副作用の発現率が1%、つまり100人にひとりであっても、そのひとりにとっては人生を左右しかねない切実な問題であり、今回のような死亡例があるとなればなおさらだ。したがって、『薬害タミフル脳症被害者の会』の人たちの声にも一定の理解を示したいのだが、だからといって、全面的に賛成はできない。

 副作用を1%とすれば、逆に言えば99人が薬のおかげで助かっているという事実も無視できないからだ。

 抗癌剤などでは、むしろ患者の会の人たちが、海外で使われている薬を日本でも早く承認しろと厚労省に働きかけている。たとえ奏効率が20%であっても、80%の患者には効果がないどころか激しい副作用に苦しめられるだけであっても、他に治療法がなくなった末期癌患者にとってはこれまた切実な問題だからだ。

 ところがマスコミは、こういったケースであっても、ひとり被害者が出ると大騒ぎして製薬企業を批判する記事を書く。肺癌の治療薬イレッサがいい例だ。

 マスコミは普段冷静なときは、患者の会などを取材し、その人たちを救うために早く承認を、といったヒューマニズムあふれる記事を書く。ところがいざ副作用によると思われる死亡事例があると、手のひらを返したように、正義の味方ぶって糾弾を始めるから恐れ入る。マスコミこそ冷静になれよ、と言いたくなる。

 などと書いているが、実はタミフルと抗癌剤を同列に扱うことに無理があることは百も承知である。片やインフルエンザで、片や末期癌なのだから。インフルエンザとは流行性感冒、つまり風邪の一種で、罹ったからといって死ぬことなどめったにないだろう。通常は寝ていれば治る類の病気だ。

 そもそも2000年にタミフルが日本で承認されたとき、インフルエンザの特効薬として騒がれたが、その効果を見て私は「え?」と思ったものだった。インフルエンザを発症した場合、通常は発熱が37日間続くが、タミフルを服用した場合には26日間であり、約1日改善するという。そう、はっきり言ってたかが1日の改善であり、飲んですぐに治癒するわけではない。しかも、発症から2日(48時間)以内に服用する必要があり、熱が出たので丸2日寝て、それから病院に行ってももう遅いのである。

 服用しなかった患者はどうするかといえば、余計に1日寝ているだけなのである。それでも仕事が忙しい人や、インフルエンザの流行期は受験シーズンだから受験生などには大きな差かもしれないが、普通の生活をしている人には特に問題があるとも思えない。

 それにもかかわらず“夢の特効薬”のようにいわれ、インフルエンザがさも恐ろしい病気のような印象になったのはどうしてなのか。

 もちろん、薬を売っている中外製薬はプロモーション活動を行っているが、そこまでばかな宣伝はしていないはずだ。

 それもこれも、すべてはマスコミが勝手に大騒ぎした結果ではないのか?

 と、ここでもまたマスコミ批判をしたい。

 病気や薬をめぐる報道は、常に冷静であって欲しい。