事務所で使用しているパソコンの前面の赤いランプが、あるときから点きっぱなしになった。バッテリー状態ランプで、赤は充電中という意味だ。
充電が終わればランプは緑に変わるのだが、いつまでたっても変わらずに赤のままなのである。要するにバッテリーパック切れであって、もはや充電する余力すら残っていないらしい。
このパソコンを使い始めたのは2005年の4月だから、すでに3年以上が経過している。バッテリーパックの寿命は2~3年というところらしいから、そろそろ寿命がきても仕方がないのだろう。
しかし私は、慌てることもないし、落胆もしなかった。というのも、このパソコンは常にACアダプターを使って電源につないだまま使用しているものだからだ。したがって、バッテリーパックはないならないで困ることはなく、実は今までもセットしてはいたものの実態としてはまったく使用されていなかったのである。新しいバッテリーパックを買ってくることも一瞬考えたが、そのうちパソコン本体も壊れる時期が来るだろうから、何も慌てて部品だけを買う必要もないと思ってそのままにしておいた。
ところが、困らないと思っていたにもかかわらず、困ることが起こったのだった。
ある日の仕事中、唐突にブチッという音とともに、画面が真っ暗になってしまったのだ。そして、前面も側面も、パソコンのあらゆるランプが消えている。
こんなことは、このパソコンを使って以来、初めてのことだ。
早くも本体までが壊れたのか? それはいくらなんでも早過ぎる。
私は動揺しながら、電源を一度外してからコンセントに強くねじ込み、アダプタージャックをこれまた念入りにパソコンにねじ込み、改めて電源ボタンを押してみた。
しばらくすると、パソコンはいつものようにブーンという音とともに起動を開始した。そしてまたしばらくするといつものようにWindowsが立ち上がり、普通に使える状態になった。どうやらパソコン本体の故障ではないようだ。単純に、電源の接続が遮断されただけのことらしい。良かった、良かった…
などと安堵している場合ではなかった。
電源にちゃんとつないでいるのに、突然電源が落ちるなどということがあっていいのだろうか。瞬間的に停電が起こったのかもしれないと思ったが、現代の東京の電力事情において、そのようなことがあるとは考えられない。やはりパソコンの側の問題だろう。
このときはかなり複数のソフトを立ち上げて作業していたので、パソコンに実力以上の過大な負荷がかかっていたのかもしれない。メモリーがアップアップして、悲鳴を上げて落ちてしまったのかもしれない。
しかしこれらの原因はすべて推測に過ぎず、実際に何が起こったのかはまるでわからなかった。ただいずれにしろ、そのときやりかけだった仕事のデータはすべて消滅したことはいうまでもない。
私は落胆しながらも、バッテリーパックが機能していたらこのような事態は回避できていたかもしれないなと、ふと思った。
これが、単にこれ1回だけのことだったら、たまたま起こったアクシデントとして笑い話にもできただろう。
しかし、そうは問屋が卸さなかった。私のところに来ている問屋は執念深いのだった。
数日後に、またもや、まったく同じ現象が起こったのだ。
私は仰天した。そして、今度は激しく狼狽した。コンセント類はこの前確認し、充分きつく差し込んだはずなのに、なぜまた?
こうなると、いつまた同じことが起こるかわからない。「2度あることは3度ある」というから、ことわざが真実なら最低もう1度はあるはずだ。いや、もう1度で終わってくれればいいが、このままだと永遠に繰り返される可能性があると不安に陥った。
仕事をしていても、いつまた落ちるかと思うと怖くて仕方がない。そこで2度目の事態以来、ちょっと仕事をしたらすぐにセーブ、ちょっとデータをいじったらすぐにセーブと気をつけるようになった。しかし、これがまた面倒くさくて仕方がない。かといって、まだ大丈夫だろうなどと油断していると、その隙を狙われて突然落ちかねない。
こんな状態が続いたら、私はそのうち強迫神経症になってしまうだろう。いつ電源が落ちるかしれないなどとビクビクしながら仕事していると、極端な話、ワープロでもエクセルでも一文字打つごとに「上書き保存」しなくてはならないのだ。
こんなことで病院に通わなくてはならなくなるのは嫌だった。それを避けるためには、いざというときの補助電源としてバッテリーパックの設置が必須であるという結論にすぐに達した。とにかく、バッテリーパックを付けていたときは、こんなことはなかったのだから。
こんな紆余曲折を経てようやく私は決断し、パソコンを購入した有楽町にある家電量販店に行った。
天寿を全うしたバッテリーパックの実物を持って行き、カウンターで店員に「これをください」と言ってみた。定員は「ちょっとお待ちください」と言って裏に回ると、なかなか出て来なかった。
これは充分予想していたことだった。3年以上前のパソコンのバッテリーパックがすぐに見つかるとは、私も思っていなかった。一応私も、仕事でのパソコン使用歴は長いので、このくらいの業界的常識は持ち合わせている。
そして、しばらくして出てきた店員は「在庫がないのでメーカーに問い合わせます」と言った。これもまた、予想通りの展開だ。
在庫があるにこしたことはないが、すぐに購入は無理だろう、メーカーから取り寄せるのに一週間くらいはかかるだろうと、最初から私は覚悟していたのである。一週間くらいなら待ってもいいし、もっとかかるようなら他の店に行ってみるか、秋葉原をグルリと回ればどこかにあるかもしれないなどと、面倒くさいと思いながらもこの時点では気軽に考えていた。
しかし、メーカーとの電話を終えたあとの店員の口から発せられた言葉は、まったく予想外のものだった。
もはやこのパソコンは生産終了になっており、部品であるバッテリーパックも、メーカーにも「ない」と言うのだ。
そんな馬鹿な!
愕然とした私の顔を見ると、店員は気の毒そうな表情を浮かべ、メーカーから言われたいくつかの方策を話してくれた。しかし、ハードディスクを初期化してウンヌンカンヌンなんて、データを全部一度どこかに移管しなくてはならないし、インストールしているソフトも全部やり直さなくてはならない。そして結局のところは、パソコンそのものを買い換えるしかないということのようなのだ。
おいおい、待てよ、パソコンそのものは壊れておらず、基本的にはなくても構わないがあったほうがより良いという部品をこちらは買いに来ただけなのだ。それなのに、パソコンそのものを買えだと?
私の中に、激しい怒りが込み上げてきた。しかしその怒りをぶつける相手は、この店員ではない。でも言わずにいられない。私はできるだけ冷静に言った。
「あなたにこんなことを言っても仕方がないんですけど、こういうメーカーの姿勢はどうなんでしょうね。そりゃあ、パソコンのモデルチェンジは頻繁に行われていることは知ってますよ。でもね、部品がないからパソコンを買い換えろなんて、メーカーの言うことですか? まだ使える今のパソコンをゴミにしろということですよ。こんな、必要以上にゴミを出している企業が、環境に優しいとか言ってるのはちゃんちゃらおかしいですよ。やたらと今、あらゆる企業が環境問題に取り組んでいると宣伝していますよね、このメーカーもそうです。でも、環境に配慮する企業姿勢を打ち出すのなら、生産や流通段階でのCo2 削減よりも、もっと地道にゴミを出さないようにすることを考えるべきでしょう。部品なんか共通規格で、いくつかのモデルで搭載可能にできるはずなんですよ。なんでわざわざ、新モデルを作るたびに部品の規格まで変えるんですか。
それにそもそも、普通、生産者は自分が作った製品をできるだけ長く使ってほしいと思うもんじゃないですか? ところが、消費者が使い慣れた愛着のある製品をもっと使おうとしているのに、生産者側がそれを阻害するようなことをするなんて、生産者の心意気はどこに行ったんだとまったく嘆かわしいですよ」
まったくもって、販売店の店員に言っても仕方がないことだが、私はどうしても言わないではいられなかった。
ちなみにこのメーカーはSHARPであるが、どこのパソコンメーカーも姿勢は同じであることは言うまでもないだろう。
新製品をどんどん出すよりも、今ある製品をできるだけ長く使えるようにしてほしい、この消費者の願いは当たり前の話だと思うのだが・・・
こうして今も私は、いつ電源が落ちるか分からないパソコンをビクビクしながら使っている。
しかし、怒りは容易にパワーに転化されるから、もはや私が病気になることはないだろう。そう簡単にメーカーの思惑に乗ってたまるか、多少の不便はあろうとも、こうなったらいつまでもしつこくこのパソコンを使い続けてやると固く決意しているからだ。