自分にとってD&D卓の何がつらいって、やりたいことが無いから普段も退屈だし、戦闘でも手持ち無沙汰で退屈だし、この数時間を家で寝てたほうが有意義に感じて徒労感ばかりが蓄積することです。
ほんと他所のPLっていったい何を楽しんでるんだろう?
ぶっちゃけ、D&Dのキャラクターなんて全部、戦闘員1~3号でしかないし、誰がやっても結果は同じだし、シナリオの成否なんてどうでもいいし、結果も勝ち・負けの2択だからダイス1振りの偶数・奇数で決めたほうが早いんだ。
ロールプレイ?要らないだろ。むしろ時間食うから止めて。
キャラ描写?パーティー内の人間関係?それでウチの戦闘員1号が強くなるんですか?特にならない?じゃあ絡まないで、うざいから。
でも、死にそうなときは回復してね、役目でしょ。こっちも死ぬまで戦うんで。役目までサボりはしないんで。
実際のD&D卓って信じられないくらい戦闘の待ち時間が長いんで、スマホアプリや携帯ゲーム機で時間潰しながらじゃないと、もう遊べない気がする。もう退屈で退屈で。
もう皆さんにお任せしますんで、私はその間にメタルマックスを進めてます。邪魔はしませんのでお気になさらずどうぞ。
自分でも認識がバグってる自覚がある。
つらい・苦しいだけじゃ20年も同じゲームシステムを続けられない。確かに楽しかった瞬間があるのだが、その上澄みは時間で剥がれ落ち、根底にある苦痛の印象だけがカサ増しされていく。
嫌な記憶ばかり明確に覚えている性質なんだわ。
経験上、D&Dは他ルールよりも行動をシステム的に制限・抑制される度合いが高かった。それは思いつき時点での可不可、実行の成否判定、そして結果が空振り無意味に過ぎる頻度も高かった。
要はありとあらゆるタイミングで失敗させる判定があり、意志決定を肩透かしに終わらせる設計になっている。
TRPGの実際のプレイ時間は、付き合いの都合上D&Dが圧倒的に長いのだが、そこで得たモノは少ない。
自分を育ててくれたのはソード・ワールドだし、発想が柔軟になったのはナイトメア・ハンターとCoCのおかげ。それはわずか2年ほどの経験だが自分の基礎に入っている。そこにD&Dは含まれていない。
D&Dの戦闘は過剰にシステマチックな一方で物語性は絶望的に希薄。シナリオでは事件に介入を要求される反面、意思決定が反映されない。
理由は、
・ルールだから
・シナリオにそうかいてあるから
つまり、指示に従い舞台に載ったコマを片付ける作業にすぎない。片付け手順の最適化も不可だ。
D&Dの戦闘を楽しいと感じる層がいるのは事実だ。大技・小技を駆使し緻密に組み立てる高度な戦闘は美しささえあるという。
私には煩雑で面倒な作業にしか見えないが。
なぜなら準備の概念が無い。いつも着の身着のままぶっつけ本番、会敵してからバフを掛け合う悠長さがゆる過ぎないか。
D&Dの戦闘には準備が無い。
相手がアンデッドと判明していながら、対アンデッド用の対策が不可能なのだ。ルール制限のために。
相手が害虫でも恐竜でも同様に対策は取れない。毎回同じ武器を手に突撃の繰り返し。
私はこんな愚鈍戦闘は望まないが強制される。私のせいではない。D&Dが悪いのだ。
こうやってグチグチ文句を言ってる真相はD&Dへの不満より、普段の日常で定期的な気分のリフレッシュ機会が途絶えた要因が大きい。
気の合う友人と定期的に焼き鳥食べながら、思う存分語り合う機会が途絶えちまった。
もう、いないんだよ。会えないんだよ。この損失はデカい。